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2011年8月

2011年8月31日 (水)

浮腫の軽減

風呂に入るのが苦労になってくるとそれは諦め、体を拭くことで済ませるようになる。一か月前だったろうか、洗面所で裸になり、タオルを絞って体を拭い始めた。ふと鏡を見ると、大腿部の異様に大きい有様がそこには映っていた。我が家の鏡は車椅子用に少し傾斜をしているから腰の周囲まで映るのである。
もともと短い大腿部なのだが、それが膝を先端にして三角形になっている。昔学校に下肢が太っていく病気を抱えた子どもが居たことを私は思い出した。高等部に居た子だったが素直な明るい良い生徒だった。治療法がないままに彼は在校中に召されていった。
 
我が足の太いのは浮腫のせいだった。大腿部のみならず足が爪先まで固く、太っていたのだ。
先日の肝硬変の定期健診の際、いつものことなのだったが、医師に何とか対処法はないものかと訴えてみた。すると医師もその酷さに同情したのだろうか、車椅子に乗っているとどうしてもねー、という常套句を用いず、利尿剤を試してみますか、と聞いてきた。あまり期待はしなかったが、そうですね、と私は応じた。
 
それから10日。今我が身に激変が起きているのである。なんと浮腫みが軽減し、あれほど固かった足が細く、柔らかくなり始めたのである。昨夜体重を計ると6キログラムも減っているではないか。
これがこれからどう推移するだろう。足が軽くなって日常生活が少しでもやりやすくなって欲しいものだ。

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2011年8月28日 (日)

時に応じて

恵みをいただいて今日も礼拝に参加。二人がかりの送迎だが、もう三回目である。
礼拝中も疲れを感じて時々うとうとしていたが、豊かなメッセージは確実に耳に届いていた。
今朝は創世記から世界と人間創造の話だった。何度も聞いている話だったかも知れないのだが、新たな感動と感謝を覚える。
不思議なことに創世記の一章、二章には二つの創造物語が書かれているのだ。まず、一章三一節「 神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。」で終わる第一の物語。次は二章四節からの第二のもの。ここでも神は人を男と女に創るのだが、その最後は三章になって神の命令に反して知恵の木から実をとって食べ楽園を追放されることで終わる。
ふと意識が鮮明になった私に届いたメッセージは、第一の物語はバビロン捕囚の時代に書かれたもので、第二のそれはソロモン王の時代であるとの声だった。
バビロン捕囚という絶望の中にある時、信仰を持つ著者はその絶望に終わることを神は望んでおられない、神の祝福のもとに人は創造されているのだから、と語ったのだ。
感謝のうちに生きよう。

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2011年8月25日 (木)

癌を病む友への手紙

だいぶ古い葉書でごめんなさい。啄木を求めて渋民村へ旅した時買ったものです。
元気な時あちこち訪ねておいてよかったと思います。
昨日はお話しできてラッキーでした。奥様と二人で日々の生活を続けておられるその重さに胸打たれました。
奥様もSさんがおられることが心の支えになっていることでしょうし、Sさんも奥様なしでは生きられませんよね。
お声を聞いて、まだまだ大丈夫と安心しました。また、話しましょう。
小生も夜になると、ああやっと一日が終わったか、という思いを持ちます。
励まし合って生きてまいりましょう。

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2011年8月24日 (水)

重い過去

妻が亡くなってから手付かずのタンスを孫に頼んで整理した。お小遣いが欲しい孫は喜んで手際よくことを運んでくれた。
沢山の品が出てきたのだが、大部分は捨てることにして、用意してあったゴミ袋に押し込んでいった。
そんな中、幾つかの書類が見つかったので部屋に持込吟味する。そこには子どもたちの奨学金関係のもの、学生時代の年金証書、妻の年金証書、私の給与明細書、母子手帳などがあった。
一つ一つ眺めていると妻が日夜4人の子どもの生活を支え、懸命に関わっていた姿が彷彿としてきた。年金証書などはあるいはこの不安定な社会の中で必要があるかも知れなImgいとも思ったが今更子どものことをそこまで配慮するまでもなかろうと廃棄する。
ここに掲示するイメージはその妻との生活に先立つ、大学卒業時の恩師のサインである。こんなものをもらっていたことさえ失念していたのでおおいに驚いた次第である。
国立大学なのでクラス(学科)は20人弱。先生方も個々の学生をしっかりと覚えてくださっているからこんなふうに適切なメッセージが書けたのだろう。
ほとんどの方が召されてしまったが私を受け入れ、育て、見守っておられた先生方であることを思うと改めて感謝のこころのあふれるのを禁じえない。

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2011年8月23日 (火)

病院巡り

温泉巡り、酒場巡り、名所巡りと聞くとうきうきした気分になる。やったことはないがきっと楽しいに違いない。
宮沢賢治に「星めぐりの唄」という可愛い小品がある。これもなかなかいい。ユーチューブで聴けるから興味があったらチェックしていただいたらいい。
それに比べて病院巡りとはなんとも浮かない話しである。
昨日、9時半に福祉タクシーで家を出た。踏切が珍しくなかなか開かず、病院着は10時。血液検査を終えて待つこと2時間、肝臓の定期検診を受けた。その際足の浮腫の相談をし、利尿剤を試みることにした。あくまでも試みであって医師にも浮腫の原因はわからないのだ。
診察が終わる頃約束どおり、福祉タクシーが来て、今度は市内の他の病院へ、2時からのリハビリのためである。院内食堂で味噌ラーメンをすすり、2時を待つ。
ここで肩の筋肉を強める動作を行う。ポストポリオ後遺症は筋肉のオーバーユースが原因と言われるとき、このリハビリが適切かどうか疑問もあるが、何かせぬわけにはいかず、やってみる。
浮腫についても相談したがうまい助言はなし。
こうして2つの病院診療を終え、帰宅は3時20分。
おおいに疲れた一日ではあった。
ただいいことに福祉タクシー故、雨模様の病院巡りでも駐車場確保、昇降などには全く気を遣わなくてよかった。
賢治の唄のように、それぞれの星、見上げる対象の中にいいものを見つけながら生きられたらと思う。

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2011年8月19日 (金)

8月の句会

 二つ程やっと顔出し夏茗荷         いく

 治ったよ友の声聞く夏の朝        悠歩

 夏座敷猫ながながと真ん中に    ひさい

 水打ちて夕焼空を眺めをり        由美子

8月例会から参加者の句を一句拾うと以上の如し。
田舎の隅で、悲喜こもごもの生活をしている我ら4人。その生活を詠むことはそれなりに尊い。

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2011年8月17日 (水)

有り難い、という認識

昨今は「ありがとう」をあまり聞かなくなった気がする。電話を取り次いでも、配達物を受け取ってあげても、当然のごとく引き取るだけである。自分の子どもの世話を人様に頼んでも帰ってきた子どもを出迎え、相手に顔を合わせてお礼を言うことも少ない。

このような態度に対する違和感は何処から来るかと考えるときに、ふと思うのは「有り難い」、すなわち、そのようなことはなかなかありえない、と認識することが現代では稀になった故だろう。子どもの世話の例で言えば、少家族性になり他人への依存度が強くなり、それが当然のこととなってしまった。いちいちお礼など言ってはおられないというわけである。子供は家族の責任で世話をするという意識は過去のものとなったのだろう。
とは言え、一つ一つの出来事を、ありえないこととして感謝を持って受け取る心は失いたくないものである。

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2011年8月16日 (火)

友の励まし

いつか「空を見る人、谷を見る人」と題してここに紹介した友、ODさんから先日の記事に関して感想をいただいた。
彼のことばには力と重さがある。ここにその一部を載せさせてもらおう。
 

1ヶ月ぶりの礼拝よかったですね。喜びが伝わってきます。いろいろな人に助けられて生きることも大切です。弱ったところは手伝ってもらいましょう。生きていることだけでも素晴らしいことです。
北国も35度の日が続いています。わがセンターは日曜以外は休みはありません。困っている人には日曜祝日はありません。365日電話でも受けています。今日も8人の来所者がありました。
ひとりの女性は母と父の車できました。私は1時間半彼女の悩みや愚痴を聞きました。大変だけど生きているだけでいいんだよ、と伝えました。
お盆でも行くところのない寂しいひとたちです。でもみんないい人たちです。また明日来ます。元気な顔を見ることが私の仕事です。
 
ODさん、ありがとう。

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2011年8月14日 (日)

礼拝出席の喜び

一か月ぶりの礼拝出席だった。会堂に集い、司会の読むみ言葉をそこに集うあの人、この人と耳を通して聞き、声を合わせて賛美する。これは恵み違いなかった。

昨夜は礼拝に行けることを思うと、誰に会えるだろうと友の顔が次々に浮かんでは消えた。遠足前の子どものように心が浮き立っていた。
1時間前に先生とS兄が車で迎えに来てくれた。二人に抱えられるようにして車に収まり、電動車いすを少し畳んで後部に載せた。
 
礼拝開始を告げる鐘の音が今朝はいつもの朝より長く街に響いた。
説教では神は艱難の中で救いを先立たせるというメッセージが伝えられた。バビロン捕囚には先立つエジプトからの脱出があったのだった。
 この世の苦難、これに先立つ救いの恵みに与っている自分を確かめながら、生きることを確認させられた礼拝出席であった。 

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2011年8月12日 (金)

セミが掴めない子

二階で大騒ぎをしている。孫たちが「ママ、来て!」と絶叫しているのだ。様子を伺っていると、どうも虫が入り込んだらしい。
「棒かなんかない!」「薬は?」。そんな声が聞こえる。
大きな蜂でも入ったのかと思ったら、なんとセミがいるとのことだ。
アミ戸が少し破れているので、そこから潜り込んだのだろう。
母親がアミ戸と障子の間に挟み込んだら、破れを見つけて逃げていったとのこと。
セミも生き延びてよかっただろう。
それにしてもセミがゴキブリかなんかのように嫌われ者になってしまうなんて時代も変わったものである。

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2011年8月 9日 (火)

休みに入る幸せ

1日の終わり、灯りを消して、目を閉じる。体から力を抜く。あーもう何もしなくていいんだ。そう感じる時の幸せ。
今日も何時間病院で過ごたことだろう。家で会話をどれだけ待ったことだろう。
今すべてが去って安心の時がある。
聖書で休みとは完成を意味するという。
主による休みに感謝しよう。

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2011年8月 6日 (土)

左手用の急須

左手用の急須なるものが世の中にあるのだろうか、と真剣に考えた。気づいてみると急須は右手で使うようにできている。これを左手で持つと注ごうとしている茶碗のありかが見えなくなる。これはなんとも不便であるし、危険でもある。
先日来右手の痛みについて書いてきた。これはお茶をいれるという些細な日常事にまで影響しているのだ。
世の中には一般的な規範というものがある。その一つに右手文化というものがあるのだろう。
この文化から外れた人は人知れず幾多の不便や悩みを抱えているに違いないのだ。
痛みを負わないとこんなことにも気付かないのが人間である。
今、先日の集会の主題講演のテープ起こしをしているが、奥田知志さんは今度の震災に当たって、東を援助する、東を支援するという視点では問題は解決しないと訴えた。東から聞く、東に変化の原点がある、という方向転換、これを神学的にいうとメタノイアというそうだが、このことこそ必要だと言っていた。
急須の話から飛躍したが、困難を抱えているところから新しい動きが起こる、という話のお粗末。

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2011年8月 5日 (金)

重い足

両足が練馬大根のように太って大きい。自らは動かない足。それゆえ、普段車椅子に乗っているときには忘れているのだが、いざズボンの着脱をしようとか、あるいはベッドの上で体の向きを変えたい時にはなんともやっかいなものになる。
腰が浮かないからパンツさえなかなか履くことができないのだ。
では風呂は介護保険を使って入浴介助を受ければいいではないか、日常生活でもヘルパーを頼めばよいだろう、と言われるかもしれない。
なるほど、それが世間の常識だろう。
だが、足の重さを感じる時間が決まっていない者がいつヘルパーに来てもらえるだろう。昼にはやりたいことがいっぱいあるのに時間を空けて業者を待てるだろか。
先日ズボン探しのことを記した。結果的にはよれよれでも今までのズボンが最も履きやすいことがわかった。最近のものは股下が浅くトイレなどの際に不便なのである。

私の場合、常に傍に寄り添って必要な助けをしてくれる方が求められるのである。しかし、妻のいなくなった今日、それは願っても無理である。
イエスに見守ってもらいながらしばらくは自己努力でやっていくことにする。
最後に一言。「疲れたなあ」。

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2011年8月 2日 (火)

もう昼!

もう昼。時間の経つのは早い。
朝食を済ませ、新聞を読み、寝床の整理をし、ズボン探しをした。
同じズボンばかり履いているから腰の一部に穴ができていることに昨夜気づいたのだ。車に乗るときに腰を浮かすために皆さんが持ち上げて下さったりして生地も弱ってきたのだろう。
腰が浮かないとベッドのシーツに抵抗のすくない生地でないといけない。このズボンはこの点うってつけである。だが穴ができてしまった以上代えないといけないだろう。
そんなわけでクローゼットの中を探したのだった。一つ見つけたが適切かどうかは履いてみないとわからない。
その後浄化槽の点検業者が来る。
やっと今日の課題の一つ、先日の総会での主題講演のテープ起こしにかかって、一息ついたところだ。
ここまでで一休みとしよう。
一人の生活には種々のことが絡まってくるものだとつくづく思い知らされる。

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