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2011年7月16日 (土)

夏からぬ夏

昨日の句会に
 郭公の来ぬまま過ぎぬ妻命日
という句を出した。妻の命日は7月の5日なのだが、この時期にはいつも郭公がやってきて、電線や近くの木の上で朝から良い声で鳴いたものである。だが、今年はどうしたことかとうとう郭公は現れなかった。
その日、私は岡山の集会に行っていたから、どなたかに来られても困るのだが、3日前三男がお墓参りに来ただけで命日はおわった。いや、娘夫婦が5日に来ると電話があったのだが、私が不在を伝えたという事情もある。

妻に関わる句を出すと、句の面白さよりも私への同情が優先して多点句になってしまうようで、昨日も皆さんが選んでくれた。
それはともかく、この句の選評をしているとき、Sさんが郭公だけでなく、今年は蝉の鳴き声も聞かないね、と言い出した。なるほど、言われてみればそうである。
長い時間地面の中にいて、出てくれば数時間なのに、可哀想になんで出てこないのかね、Sさんはそう言って蝉を思いやっていた。

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