« 忘れていた涼風 | トップページ | 空を見る人、谷を見る人 »

2011年7月 6日 (水)

お母ちゃんの逝った日

二日間の強行軍の旅から帰り、風呂を浴びて寝室に入った。いつものようにテレビの脇に笑顔のお母ちゃんの写真が待っていた。
「今、帰ったよ。お母ちゃん。」と話しかける。「いつかお母ちゃんと行った宿に泊まったよ。あの日、宿に荷物を置いて、散歩に出たっけね。呉服屋さんなどが並んでアーケード街をくぐって行くと町の中を川が流れていたね。樹木が水面に蔭を作る川には両側に土の歩道があって。車椅子で裸像を鑑賞したり、釣りをする少年に話しかけながら行ったら車椅子では進めなくなって、お母ちゃんが力任せに道に引き上げてくれたよね。」
そんな会話をして私はベッドに乗った。そして祈った。
「神様、心配多い旅が無事に終わりましたことをまず感謝します。牧師先生にたくさんの援助をいただき、現地ではあなたを中心とした集会が恵みに導かれて終了しました。あなたに連なっていながら常に恐れや心配が先立つ私ですが、こうしてあなたに守られて帰れたことを感謝します。
今日は3年前お母ちゃんが、お母ちゃんの姿を変えるほどの痛みを耐えて、あなたのもとに行った日です。
家に還ったお母ちゃんの顔にはもう痛みの跡はなく、長く私たちに見せていた、よい顔立ちになっていました。
そのお母ちゃんは私たちの想像を超えたあなたとの憩い世界に今はいることでしょう。3年間私は痛みを抱え、孤独に陥って一人である現実を感じながらやってきました。でも絶望はしていません。あなたとお母ちゃんの視線をいつも知っているからです。そればかりではありません。今度の旅でも現地の仲間との交わりから喜びをいただきましたし、出発前には昔の友が心を配ってくれました。こうして皆と一緒に毎日を過ごせる幸いに与っているからです。
神様、どうぞお母ちゃんを愛し、その目を私にも注いてください。
お母ちゃん、じゃ、もう寝るね。」

|

« 忘れていた涼風 | トップページ | 空を見る人、谷を見る人 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 忘れていた涼風 | トップページ | 空を見る人、谷を見る人 »