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2011年6月28日 (火)

家庭の味の流れ

「家庭の味」という言葉があるということは、味は家庭に引き継がれ、流れていくものだったのだろう。それは嫁さんがやってきてもお姑さんが嫁さんに料理を教え、嫁さんはそれをマスターすることが嫁として一人前になることだという慣習があったからである。
だが現代社会ではそれは大方のところで通じなくなってしまった。家庭が夫婦単位のものになったからである。
そうなると味は主婦がその成長の過程で獲得してきた味、料理体験によって決まることになる。男性は母親に養われていた当時の味を捨て、女性の味に同化せざるを得ないのだ。
それが悪いというのではない。私など妻の家庭の丁寧な味にすっかり惚れ込んでしまったのだから。
大事なのは女性が育つ家庭がどれほど味を大事にしているかということだろう。家庭の味はそれによって豊かな流れにもなるし、都会の運河のようにもなるだろう。

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