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2011年5月 1日 (日)

食事は神から

礼拝で「日毎の糧を今日も与え給え」と主の祈りの中で祈った。主の祈りは祈る折々に新たな霊をいただくのだが、今朝はこの一節に心が集中した。
今朝、起きたとき家はまだ朝の準備がなされておらず、私は一人でカーテンを開け、新聞を取りに行った。テーブルの上を見ると、そこにはおにぎりが一つ、パックに詰まった味噌汁と並んで置いてあった。これで朝飯を、という訳であろう。
冷たいおにぎりでは情けないのでレンジで温めて食べ、私は教会へ急いだ。
そんな状況の中で主の祈りを献げながら気づかされたのは食事は神からのいただきものだということであった。家族の手を通すかもしれないが、下さる方は主であるということ。
その気づきの中で、朝味わった寂しさが、食事をいただけた喜びに変わっていったのだった。
祈りはこうして人を新たな生活へと導いていく。

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