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2011年5月

2011年5月31日 (火)

五月の句会 新樹

凛として瓦礫の中の桜かな                   いく

そうなーんとうなずく人あり春病棟          悠歩

マロニエの花あざやかに小雨降る         ひさい

山肌に点在桜微笑みて                       由美子

新樹光木々それぞれに伸び盛る           ひさい

新樹蔭ページの上で踊りけり                悠歩

大空に背伸びしており沙羅新樹            いく

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2011年5月29日 (日)

時の流れに身をまかせ

誰の歌だったか、「時の流れに身をまかせ」という歌があった。歌詞は忘れたが、この題を先程思い出し、ああ、こんな生き方もいいなぁとふと感じた次第である。
今日はひどい雨。その上、体調もいまいち。礼拝に行くべく衣服は整えたのだが、結局諦めた。普段の時間帯に食事も用意されていなかったのだった。
日常の負担、肝臓やその他の体の具合、家庭での身の置き場、あれこれ考えると、妻は今どこでどうしているんだろうと恋しくなる。
そこで、時の流れに身をまかせ、これしかないな、と思った訳だ。
だが、その後、ケ・セ・ラ・セラという訳ではなく、流れを支えるその支配者に思いが至った。そこには神がいらっしゃるのではないか。そうだ、神の御手にお任せしよう。こう考えると、時の流れに身をまかせという文句も悪くない。

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2011年5月26日 (木)

隣の孫

昼間、玄関が開いた。今時誰が帰宅したのだろう、といぶかっていると毛糸の帽子をかぶった隣の坊やだった。
「じいちゃん、また入院することになったから行くね」、そう言って痩せた体をこちらに向けている。
何カ月が前、お母さんが「Ryouが脳腫瘍だって」と泣きながら息子の連れ合いにすがりついていた、その坊やである。
時々治療の間に帰宅を許されて帰ってくるのだが、今回はいつから居たのだろう。
我が家の孫たちと小さいうちから一緒に育ってきたので私にとっても孫のように可愛い子である。帰宅する度に「じいちゃん」と言ってふらっと書斎に顔を見せに来てくれるので私も可愛くてしかたない。
もうそろそろ同級生たちは進学先を考えるとき、治療を続けるのは本人も親も不安があろうが、きっとよい方向に神様は導いてくださると私は自分の体験を思い出しながら思っている。
「また、顔見せてね。待ってるからね」と言うと、「うん」と頷いて彼は出て行った。

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2011年5月25日 (水)

なにか言いたくて

朝食をすませて一息ついている。昨日、依頼された原稿を書き終えたので、今日はフリーだなと思っていた。おまけに今週初めから腕が痛くて困っている。何もしない言い訳にはもってこいだ。
だが、一人でいると、なにか手持ち無沙汰で、ついこうしてパソコンの前に来てしまう。
立ち上げと、数通のメールが入っていて、昨日送った原稿の確認メールがある。
今それに答えて、その続きでこれを打っているところである。
傍に誰かいてくれればお茶でも飲みながら朝の光の入る居間で時間が過ごせるのに、その意味ではやはり一人は寂しいことだ。
こんなつぶやきを聞いて下さる方に感謝。

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2011年5月24日 (火)

子どものいるところに学校ができる

東北の地は依然多くの困難をかかえている。学校現場も同様だ。
今朝もTVでは体育館を仕切って幾つかの教室にして授業をしている学校の様子が紹介されていた。
そんな中、若い一人の先生が明るい表情を浮かべながら「子どもがいるところには学校ができるのです」と言っているのが印象的だった。
学校とは一人ではなく、複数の人間が集まり、共に学び合い、交わりながら、一人ひとりがその人らしくなっていくことを助ける場である。
だから、先ず、子どもがいることが大事なのだ。子どもがいれば本来人は豊かになろう、人と交わろうと願っている者なのだから自然に学びの場が出来上がるのである。その意味でこの先生の言葉は核心を突いていると、聞いていて嬉しくなった次第である。
あの笑顔で子どもたちと今日も楽しく過ごして欲しいと願う。

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2011年5月22日 (日)

聖日の朝

神様、今日はあなたが与えてくださる祈りとメッセージの日です。あなたに招かれて友は御堂に集うことでしょう。
私はここから祈りを献げます。
あなたの威光が広く世界を覆いますように。不正が消え、貧しい者が喜びに生き、苦しみの中に慰めが行き渡りますように。
どうぞ疲れ、痛みを抱える下僕を顧み、再び教会の友との交わりに加えてください。
今、教会で献げられている祈りと賛美をお受けください。集っている者のこころをあなたが捉え、また聖書を解き明かす牧師を導いてください。
主の慰めを乞いつつこの祈りを身許に献げます。

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2011年5月20日 (金)

腕の痛み PPS

電動車椅子のバッテリーをフル充電し、ポストに行こうと昨夜から準備したのだがこれを諦めた。投函口まで手が上がりそうもない。腕が痛くて今朝はつらいのである。
その原因は一昨日病院に行ったことにある。肝臓の定期検査で前週にとったCTの結果を聞きに行ったのだが、なんせ予約があってなきが如き混雑ぶり。たった2分間の医師とのやりとりで2時間以上も待たされたのだった。その上、CTの時の採血がやり直しとかで病院内をあちこちと動いたので腕に無理がいったのだろう。
慢性肝炎は相変わらずだが、少し間質性肺炎が見られるとか言われ、また心配の種が増えてしまった。こちらはもう少し様子見でいいらしいが、親や兄弟が肺疾患でなくなっているから用心せねばなるまい。
そんな中、小生が関係している障害を持つキリスト者の団体の機関紙が出来上がったので昨日は執筆者にお礼を書き、また電話で挨拶を繰り返した。
先程郵便局に電話し、エキスパック500を取りに来てと依頼した。近くのポストには入りそうもないからだ。その際普通郵便も持って行ってもらおう。
郵便物の中には先日からなんども電話しても出ないSさん宛のものも含まれている。再入院して家が留守なのかも知れないのだ。皆、重荷を背負っていると感ぜざるを得ない。

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2011年5月17日 (火)

句作の依頼

俳友のSさんが親戚の結婚式で披露する俳句を送ってきた。季語は聖五月にしたいが、さっぱり自信がないという。なるほど定番の句である。Sさんの言うには、私に2,3句作って欲しいとのことだった。
私は3句Eメールで届けた。
 聖堂に祝福満ちて聖五月
 嫁ぐ娘のベール輝く聖五月
 聖五月嫁になる娘の笑顔かな
直ぐに帰ってきた返事・・・参考にさせていただきます。実は甥の結婚なんです。
私の作句のイメージは4年前の娘の結婚式だった。参ったなぁ。

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2011年5月15日 (日)

たどたどしく聖書を読む

今日は礼拝の司会。無事に終わって感謝。
我が教会では礼拝に用いる聖書が長い。今朝も旧約聖書では2頁にわたっていたし、それに新約が1頁加わっていた。長いからと言って困るというのではない。神のメッセージを伝えるに必要ならば結構なことだ。
だが、司会となるとなるべく誤りないように、よどみなく朗読したいと思う。聖書朗読だけでなくプログラムの進行も流れるようにいきたいと考えてしまう。
このようなことは日本の教会ではどこでも守られていることだろう。
そこでふと考えるのだが、聖書朗読は必ずしも上記のようにしなくてもいいのではなかろうか、つかえたり、誤ったりしてもよいのではないかということである。
こう私が思う元には職場での体験が関係している。私の学校の生徒には言語障害を持つものが多かった。彼らと国語の授業で文章を読んでいると発声が困難だったり、構音に障害があるために朗読には時間がかかった。それでも私は読みたいという生徒にはいつも朗読をしてもらった。他の生徒は彼の朗読に耳を傾けていたし、じっと終わるのを待っていた。私はそこに大事な学習活動が展開されていると信じていたのだった。
他の人の遅い読みを聞くことはその間に表現をしっかり味わう余裕を持つことになる。自分の中で読みを反芻することにもなるであろう。
教会でも同じことがあっていい、そう思う。日本の教会はその誕生の過程でインテリゲンチャを多く迎えたゆえに現在のような”きれいな”礼拝が形成されてしまったのではなかろうか。
パウロは言語に障害を持っていたと言われる。もしかしたらパウロの説教は聞きにくかったかもしれない。
日本の教会ももっと泥臭い、生きた人間の息が感じられるものになったらどうだろう。

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司会者の祈り

 天にあって全てを統めたもう主なる神様。あなたに代価をもって贖わた私たちがこうして今朝もあなたの元に招かれました幸いを心から感謝いたします。
 
神様、目をこの世に転ずる時、私たちはもう二ヶ月以上もの間、苦しみの中にある人のことを知ります。
 家を失い、故郷を追われ、親しい方々をなくされた皆さんの日常は私たちの想像を超えたものであることと思います。
 原子力という力に頼って生活を謳歌してきた私たちがその凶暴さに対応できず、たじろがざるを得なくなっています。
 しかし、神様、あなたのお力にとって大きすぎる問題はないことを私たちは信じています。
 あなたの御心がやさしく、美しく東北の地に花開いていることに目を留めさせてください。そして希望をもって、あなたに従っていく者とさせてくださいますように。
 これから飯野先生を通して伝えられるあなたからのメッセージが私たちの歩みを確かなものとし、喜びの基となりますように。
 今朝、共にこの喜びに与れない友をどうぞ一人ひとりあなたが訪ねてくださいますように。
 この祈り、十字架にあげられた主イエスのお名前を通して御前にお献げいたします。
 アーメン

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2011年5月14日 (土)

マジックハンドのマジック

マジックハンドという便利ものがある。手許の握りをすこしばかり力を入れて掴むと棒の先にある手のひらのようなものが開いたり閉じたりして手の代わりをしてくれる代物である。
車椅子に乗っていると床の上に落ちたものは拾いにくい。また、ちょっと高いところにも手が届かない。そんな時これを使うと簡単に用を果たしてくれるのだ。
一人で生活している私はこのマジックハンドにすっかりお世話になっている。ベッドに載ってしまうともう降りるのが面倒になる。その時には用意し忘れた翌朝のシャツをマジックハンドでよいしょっとばかりに取るのである。
マジックと名が付けられてはいるがもうマジックどころかよいヘルパーになっている。

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2011年5月11日 (水)

写真の力

地震で被災された皆さんが瓦礫の中に写真を探している姿がよく報道される。また、幸運にも家族や知人の写真に出会った方が写真を撫で、写った方と心を通わせている場面も私たちは見る。
私も写真が趣味だったから数えきれないほどの写真を持っているのだが時折手許にある写真を見るとその写真の束が終わるまで見続けることになる。時には独り言を言いながら・・・・。
過去の生活や交わりのあった人に触れ合う方法は幾つかあるだろう。写真もその1つなのだが、姿形という具体性を持つ故に写真の力は他のものに比べてより強いのかも知れない。
とは言え、写真は写真である。そこに温かい体をもった相手がいないのは寂しいことだ。

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2011年5月10日 (火)

疲れたなぁ

昨日はキ障協の役員会。姫路からのHさんは風邪のためにお休みだったが、S師とT姉がおいでくださった。昼には三春弁当を美味しくいただいて3時間ほどの会議の場を持った。みなさんとても自由な方で与える喜びを味わうところにはまたいただく恵みがあるという信仰が一致しており、勇気が湧く交わりだった。
でも私もそれなりの準備をしたし、3時間は長かったので終わったあとには疲れが襲ってきた。
それにもまして、今日は診察の日。連休明けと新任医師の条件が重なって待つこと2時間。帰宅後は何もする気がなかったが昨日の結果を今年総会をもつ地方団体に知らせねばならないという責任感が重くのしかかってきた。やっとそれを終えるともうぐったり。
疲れたなぁ。

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2011年5月 8日 (日)

私たちは主のもの

妻の聖書の中から革製の栞が出てきた。そこにはこう聖書の言葉が書かれていた。
「恐れるな、わたしはあなたをあがなった。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのものだ。」(イザヤ書43章1)
私はこの栞を枕もとに置いて朝に夕に読んでいる。そして、己の存在を確かなものにしている。
私は神様に代価を払って買い取られた存在である。そして、神は名を呼んで神との関係を確かなものにされた。全ての者の主、その所有である私を神は粗末にするはずがない。

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2011年5月 5日 (木)

味見する関係

味見することは最近はめったにない。
お澄ましを丁寧に用意しているとき、湯気の立つお勝手から小皿に少しおつゆをよそってきて、「どうかね。」と母や姉が渡してくれた想い出。これがふと今朝よみがってきた。
歩けなかった私は外に遊びに行くことがあまりなく、いつも家の中で過ごしていたのだが、何もすることがないとお勝手近くの板敷の部屋で母たちのすることを眺めて過ごしたのだろう。家で過ごす年頃の男の子が哀れに思えたのか、あるいはまた、利口な少年(周囲の者はそう捉えていた)に頼る気持ちがあったのかそれは分からないが、女衆は私の定めを大事にしてお勝手の仕事の先を急いだものだった。
最近のようにインスタント食品が出まわり、味が統一化され、また周囲の人の好みの味を大事にするなどという関係が希薄になると、味見などという奥ゆかしい所作もなくなるのも当然の結果である。

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2011年5月 4日 (水)

バーベキュー

つばくろの声聞きながらバーベキュー
駐車場バーベキューにツバメ鳴く
薫風に箸が飛んでくバーベキュー
  
畑の向こうのKさん宅でバーベキューをやった。時々風がやってきて、ロープで張ったシートをなびかせたり、箸を飛ばした。
電動車椅子に乗って、迎えに来たJ君と一緒に訪ねるとサザエまで用意されていた。めったにない招待をうれしく受け入れ、ひとときビールを飲みながら、時々途絶える会話をJ君家族と楽しんのだった。

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2011年5月 3日 (火)

母なる幸せ

教会の兄姉の中にも年老いて礼拝出席が難しくなった人が多い。このブログを書き始めた頃よく取り上げさせてもらったSさんも最近は姿が見えなくなった。
兄は私より7、8歳は上だが私のことをいつも気にかけてくださって、髪を切ってくださったり、妻が入院しているときはお弁当を買ってきてくださったりしたものだ。
その兄が歩行が不安定になり、先日は近くの散歩で転ぶなどするようになって礼拝出席が難しくなってしまったのだ。
だが、体に不自由が生じたからといって皆礼拝を守れなくなるわけではない。先日の礼拝にはSAさんはお嬢さんが同伴し、またKさんは息子さんが連れ添って出席されていた。
S兄との違いはこのお二人とも女性であることだ。子どもに支えられて母親が礼拝に来られたのである。
母なる幸せとはこういうことである。母の中には慈悲のこころがあって、潤いのある関係性を生じさせる気がする。女性なるが故に持ち合わせる本性とでもいうものだろう。

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2011年5月 1日 (日)

食事は神から

礼拝で「日毎の糧を今日も与え給え」と主の祈りの中で祈った。主の祈りは祈る折々に新たな霊をいただくのだが、今朝はこの一節に心が集中した。
今朝、起きたとき家はまだ朝の準備がなされておらず、私は一人でカーテンを開け、新聞を取りに行った。テーブルの上を見ると、そこにはおにぎりが一つ、パックに詰まった味噌汁と並んで置いてあった。これで朝飯を、という訳であろう。
冷たいおにぎりでは情けないのでレンジで温めて食べ、私は教会へ急いだ。
そんな状況の中で主の祈りを献げながら気づかされたのは食事は神からのいただきものだということであった。家族の手を通すかもしれないが、下さる方は主であるということ。
その気づきの中で、朝味わった寂しさが、食事をいただけた喜びに変わっていったのだった。
祈りはこうして人を新たな生活へと導いていく。

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