« 使われなかったパジャマ | トップページ | 空になる »

2011年4月27日 (水)

俳句という表現方法

最近とみに記憶障害がひどくなっている気がする。簡単な漢字さえ思いつかない。肝臓障害で脳にアンモニアが増えたのかななどと余計なことを心配したりする始末である。
だから、何か心に浮かぶことがあるとメモを取ることにしている。そんの時便利なのが携帯電話である。いつも胸にぶら下げているからすぐにメモることが出来るのだ。
俳句もそうして書いている。
まだ推敲が十分ではないのだがここに残しておこう。
 枝枝にコビトの並ぶ新樹かな
 新樹蔭ページの上で踊りけり
 小米花妻の写真に供はりぬ
 廃船のその向こうには初夏の山
 花満ちよこの大揺れの我が国土
 カイドウがだいじょうぶだよと言っており
 売られたる畑に葱の芽青みおり
 
どなたかに遠慮なくコメントしていただきたいものだ。

|

« 使われなかったパジャマ | トップページ | 空になる »

「俳句」カテゴリの記事

コメント

俳句をアップしてくださってありがとうございます。
とくに、①④⑥の俳句が心に深く響きました。①は温かい気持ちに満たされました。④は津波で辛い思いをされている方達を想いました。⑥は余震などを気にしながら外出したとき、咲く時期に咲いている木の花をみて感ずるものがありました。

投稿: kiriki | 2011年5月 1日 (日) 12時05分

kirikiさん、コメントありがとうございました。小生の心を汲みとってくださってとても嬉しいです。
「だいじょうぶだよ」は病床の妻がいつもいただいていた言葉でもありました。
また、おいでください。

投稿: chacchan | 2011年5月 1日 (日) 21時35分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 使われなかったパジャマ | トップページ | 空になる »