« 春の温かさの中で | トップページ | 時移り、人代わる »

2011年4月12日 (火)

仔羊として生きる

何処の教会でも出席者が少なくなっている。それは若者が教会の門を叩かないことにもよるが、もう一つ今まで教会の中心だった会員の老齢化による。
我が教会も例外ではない。婦人会の人数も減ってしまった。老齢化で出席が思うに任せない方も多くなったし、妻のように天に召された方もいる。
先日来この婦人の集いといわゆる壮年会の合流の話が持ち上がっている。少人数で細々とやっているより、合同して賑やかに交わりをしようというのである。
先日の礼拝の後でその話し合いが持たれた。そして合同することが決まったのだが、その会の名称が問題となった。
私は、「本庄教会羊の会」ではどうだろうと提案した。
羊は聖書の中では中心的な動物である。牧師もよく羊の話をする。私たちは羊のような存在だからである。羊は弱い動物だ。いつも狼のような強いものに怯えている。だから群を作り、寄りあって生きねばならない。また、羊飼いに守られ、夜など囲いの中で過ごす存在でもある。羊飼いのイエスはこの羊の一匹でも迷いだすと他の羊を置いてでも探すほど一人ひとりを大切にした。
古くは羊は神への捧げ物として犠牲(いけにえ)にもなった。イエスご自身も私たちの犠牲として十字架に付かれたのである。
これからの生活のおいても私たちはイエスに従い、守られる羊として生きていくことだろう。
こんなことを念頭に名称を提案したのだったが、少し抽象的過ぎたかも知れない。
結局、当面、「聖書と交わりの会」という名でスタートとなった。

|

« 春の温かさの中で | トップページ | 時移り、人代わる »

「信仰」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 春の温かさの中で | トップページ | 時移り、人代わる »