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2011年4月17日 (日)

十字架の恵み

十字架はむごい刑だった。犯罪者は鞭打たれ、横木を背負わされて刑場に向かう。そして裸にされ、丘の上に立てられた木につるされ釘打たれる。イエスが「わが神わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と叫ばれるのも無理のないこととうなづく。
しかし、神を知る人はそこで絶望に終わらない。イエスが息を引き取られたとき、地震が起こり、岩が裂けたのだが、その後で、それを見ていた人たちが「本当に、この人は神の子だった」と言ったと聖書にはある。
世の終わりと思える状況の最中に、それに重ねて救いの光が差し込む、これこそが十字架の恵み、栄光である。
今、地震が絶え間なく起こり、何万人もの人が苦悩の極みにある。また、日常の生活においても日々生きること重荷を背負う人も多い。だが、聖書はその苦悩、重荷を背負う生活の中に同時に救いの光が灯ることを告げているのである。

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