« 運転免許の更新 | トップページ | 全ては神の計らい »

2011年2月25日 (金)

「教え子」という言葉

教員になって二度目の担任をしたクラスの生徒にKさんがいた。今ではお孫さんもいる歳の女性である。東京でヘルパーさんの助けを借りて、元気に生活している。いや、元気に生活している、などという平凡な表現では表せないアクティブな生き方をしているのだ。
電動車椅子で公共交通機関を利用し、何処にでも行くし、その際、着たければ和服姿にもなるのである。
このKさんを「教え子」と呼ぶにはどうも抵抗を感じてしまう。いや、Kさんに限らず、生徒と教師という関係にあった人を「教え子」と呼ぶのはおかしいと私は常に思っている。教師は「教える」ことも活動の一つとして行うのは事実だが、それは生徒と一緒に成長していくときの活動の一つに過ぎない。
人が成長する過程に関わって、自分もよりよい人間になっていく、教育はそういう場なのだ。「教え子」などと単純に言えるような関係は知識を注入すだけの実利的な場のみに当てはまるだろう。

|

« 運転免許の更新 | トップページ | 全ては神の計らい »

教育」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 運転免許の更新 | トップページ | 全ては神の計らい »