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2011年2月22日 (火)

イエス・キリストの事実

「イエス・キリストの事実」とはなんだろう。最初に思い浮かぶのは十字架の事実である。その前提には神がイエスをこの世に下したもうた事実もあるかも知れない。この事実には計り知れない大きな神の愛が隠されている。
この言葉を最大のキーワードにして今回一編の文章を書いた。キリスト教雑誌に「共助」という長い伝統を持つ雑誌があるのだが、その編集部から昨年暮れに亡くなった元東京理科大学学長、東大名誉教授西川哲治先生のことについて書くように依頼されたからである。
実は先生は私が上京し、教会に行くようになった時、護国寺(東京文京区)裏にある豊島岡教会の牧師を兼任していたのだった。
私は文章を書き進める中で、物理学者の西川先生が無駄、無益という言葉を何度となく用い、そこに神の恵みを重ねていることに気づかされていった。そして、その最たるものが神の独り子イエスをこの世に下したもうた事実であると説く先生の信仰に触れたのだった。
先生は晩年体を不自由にし、ホームでの生活になったのだが、その一見無駄の、無益の最後の時にこそ先生は主の愛を全身に浴び、天に帰ったと私は確信したのである。この理解は全ての人への愛のメッセージになるに違いない。
この小論が雑誌に発表されたら、許可を受けて私のHPにも掲載しよう。

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