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2011年1月

2011年1月31日 (月)

小鳥の訪問

Photo 蝋梅の散りかけた庭に一匹小鳥が来ていた。膨らんだ体をして、餌を啄んでは辺りを見回している。どうもツグミのようだ。でもそうだという自信はない。
田舎に還ったらさぞ小鳥に会えるだろうと期待していたのだが見事裏切られた。来るのはヒヨドリ、ムクドリ、オナガ、セキレイくらいのものである。もっとも6月頃になるとカッコーがしばらく留まってくれるが。
これを思うと、東京ではよくあんなに多くの小鳥と出会ったものだと感心する。校庭にはツグミ、セキレイ、シジュウカラ、ウグイス、メジロ、他が絶えず来ていた。同僚に小鳥に詳しい方がいて、教官室から庭を眺めながら教えを乞うたものである。
当時私はカメラに凝っていたから青桐近くに設けた餌代に来る鳥を暇を見つけては撮っていた。教員という仕事はそれくらいの余裕がないと良い仕事ができないだろう。

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2011年1月29日 (土)

国旗・国家の概念は定着しているか

「入学式や卒業式で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱するよう、教職員に求めた東京都教育委員会の通達は、合理性があり、合憲である。」と東京高裁が判断したという。
これを受けて大方のマスコミはこれを肯定する論調のようだ。読売新聞の今朝の社説も同様である。「国旗・国歌として、多くの国民に定着している」「他国の国旗や国歌に敬意を表すのは、国際社会で当然のマナーである」というのが判決を是認する理由だ。また、学習指導要領が定めていることもその理由の一つらしい。
そして、かつては「一部の教職員組合がイデオロギー的立場に基づいて『反国旗・国家』運動を繰り広げ」たが、「子どもの手本となるべき教師が、入学・卒業式を厳粛な雰囲気で行うのは当たり前のことだ」と社説を締めくくっている。
この社説の大きな問題点は、多くの国民が云々、国際社会では当然のマナー等と言って多数派を作り出し、そこから外れる者を異端視していることだろう。君が代を歌えない人は「当たり前」の人ではないのだろうか。もう少し多数者の側がゆとりを持つことこそが民主主義ではないのか。

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2011年1月28日 (金)

一日を送る感謝

一日が無事に終わろうとしている。
朝食後朝日の中でゆっくりと新聞を読んで、寝間の片付けをし、パソコンに向かう。
牧師から原稿をメールに添付したとの連絡が届いていた。待っていた教会通信の原稿である。
早速開いて、途中まで作ってあった作業を進めた。結局一日の作業になってしまったが終わって満足である。ワードを使っているのだが、長いことやっていても途中で書式を変えるのは難しい。トライアル・アンド・エラーで結果的にはなんとか完成したと言っていい。
 
昼食は冷蔵庫の中にあった焼きうどんをレンジで温めて食べ、夕べには孫たちがスポーツ練習でいないコタツで親子丼を一人でいただいたのだが、寒い冬の日、こうして安心して一日を終えることが出来ることに感謝しなくてはならない。

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2011年1月26日 (水)

フクロウのお出まし

Img_0477_3いつの間にか玄関のフクロウ集団の中に 新参者がお出ましになっていた。ヒカちゃんが作った針金細工のフクロウである。もう5年生になったから以前のように私を相手に喜んで会話をすることはなくなっているのだが、こうして私の趣味を解して作品を作ってくれることは嬉しいことである。
背景にあるのは三日月だろう。右には樹木らしいものもある。その前で一羽ではなく二羽のフクロウが一点を見つめている。
今朝は学校に行った留守に台の上から書斎に持ち込んで小さな女 の子の心理を推し量りながら心に灯った温かさを楽しんでいる。

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2011年1月25日 (火)

よい便り

車椅子で元気に生活しているTさんからメールが入った。
故郷のかぶら寿司のおいしいこと、豪雪の中で過ごした想い出、お孫さんが入学の歳を迎えたことなどをいつものバイタリティを感じさせながら書いてきたのだ。
 
返事
いつも楽しいメールをありがとうございます。Tさんはそっちの出身でしたっけ。
S先生がよく言っていましたが、雪は都会人には遊び相手になっても地元の人には厄介者なんですね。S先生は福井の出身でした。
私は最初金沢大学を受験しましたが、合格しないでよかったかも知れません。体に障害がない一緒に受けた人も途中退学するほどの環境だったとのことです。
かぶら寿司の話、いい話ですね。家内の親が富山ですので聞いたこともいただいたこともある気がします。
私は暮れから熱が出たり下がったりでもう一つ元気になれません。今日こそは病院に行こうと寝床の中で決心したのですが、起きたら平熱になっていたのでまた止めてしまいました。こういう症状は医者にも診断が付きにくいんです。
では今日はあまりパソコンに向かいたくないのでここまでにします。
よいバーバ振りを発揮してください。

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2011年1月24日 (月)

年賀はがきの整理

昨日年賀はがきの抽選があった。これが終わると机の上に重ねてある束をそろそろ整理したくなる。
昨年までの年賀状綴りを差し替えて、お付き合いが薄くなった人のハガキを捨てたり残すものでも今年の息がかかったものに取り替えるのである。中には亡くなった方からのハガキもあるが、このままにしておこう。
大方の人とは一年に一度の年賀状だけの触れ合いになっているが、それでだけに旧交を温めるのは楽しいことだ。
150枚用意したハガキが20枚近く残ってしまった。来年は少し減らしてみよう。

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2011年1月23日 (日)

司会者の祈り

 天地の造り主なる、恵み深き神様。
 一週間の旅路をおえて、今朝再びこうして御前に集わせてくださり、あなたとの交わりを許されますことに心からの感謝を献げます。
 どうぞこのひと時、あなたご自身である御言葉と豊かに交わり、また、心からの讃美と感謝を献げられるよう私たちの体と心を整えてください。
 私たち自身は土の器であることを知っております。弱い物であり、誇るところもありません。外からの少しの力ですぐに壊れるものです。また、いつもその不安に怯えています。
 しかし、主よ、私たちはあなたに造られたものであることも知っております。あなたはこの土の器である私たちにあなたの息を吹き込み、生かし、あなたの子供としてお用いくださいます。
 どうぞ神様、壊れ、消え去る不安から私たちを守り、造り主なるあなたの御心に立ち還り、心を高く上げて生きる者とさせてください。
 この礼拝に集えない多くの兄弟姉妹がおられます。どうぞ主よ、その方々にも御言葉を聞かせてください。病める者を慰めてください。
 あなたの御言葉を取次ぐ先生の体と心を自由にし、御力を与えてください。
 この祈り、主なるキリスト・イエスのお名前によって御前にお献げいたします。
 アーメン

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2011年1月21日 (金)

罪を負ってくださる子羊

「16:20 こうして、至聖所、臨在の幕屋および祭壇のために贖いの儀式を済ますと、生かしておいた雄山羊を引いて来させ、16:21 アロンはこの生きている雄山羊の頭に両手を置いて、イスラエルの人々のすべての罪責と背きと罪とを告白し、これらすべてを雄山羊の頭に移し」
これはレビ記にある記述である。
信仰の世界では贖罪ということがよく言われる。罪を代わって負ってくださることである。それをこの旧約聖書の箇所は具体的に示している。雄山羊の頭に手を置く行為は山羊に人々の罪を移すことだ。そして山羊は屠られ焼かれる。子羊の場合も同様である。屠られた小動物の血は家に塗られその家族を守るものとなる。
イエスはこの羊や山羊と同じように人々の罪を負い、体を裂かれ、血を流された。私たちを愛した故に。このイエスに感謝しなでおられようか。

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2011年1月19日 (水)

「家長」の座

昔はどの家でも家長の座は決まっていた。コタツに入る時も同様である。子供にはそこは侵しがたい席のように思えて主人が留守でもない限りは空けておいたものである。
今は、こんな話は虚言で、全く現実味はない。
我が家でも同様である。私の席は一応決まってはいるが、寝室に行くべく腰を上げると、待っていたとばかりに孫や嫁さんが入り込んでくる。せめて私が部屋を出るまで待ってくれればいいのにと感じるのは年老いた私の固執性故だろう。

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2011年1月18日 (火)

昼のプレゼント

風がないので冬の最中ではあるが少しホットする。手持ちの現金がなくなったので近くのATMまで出かけてきた。すっぽり上半身をコートで包み、脚にはマフラーを巻きつけ、手袋という出で立ちである。あまり外出をしない者にとっては出かけることは一大決心である。
 Pt340024
帰ると嬉しい電話があった。K・0さんがお昼を持ってきてくれるというのだ。先日K・Oさんがラジオ深夜便で聞いた「明日の朝、神様がいらっしゃるよ」のCDが欲しいとおっしゃるのでネットで購入してあげたのだ。それを取りにくる際、お餅を持参してくださるというわけである。
  
昼少し前、K・Oさんは漬物とおでん、それに海苔巻きのお餅を届けてくださった。その親切のうれしさにも増しておでんの里芋の甘かったこと!餅をいただくのも今年初めての体験であった。
 
食後、軽くなった心でカーテン越しに明るい日が差し込む寝室の床を掃除した。

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2011年1月15日 (土)

あなたは皆のもの

仕事を片付けようとしても、その前に座り込んで、体が消えていくような感覚にとらわれているというKさん。
お辛いことでしょう。あなたの前には製品や書類、関係ある会社や今までの経歴、そんなものが手のつけようがなく山になっているのかも知れません。
みな一気に捨て去れればいいのですが、そんな気力もないほどにその前に萎えて座り込んでおられるのですね。
メールを見て、一心に祈りました。早く夜が明けて、今朝もあなたの体を起こして下さるようにと祈りました。
私にはなにもできません。でも確かに言えることがあります。あなたはあなただけのものではありません。あなたの命は多くの人とのつながりの中に、神様が必要とされて与えてくださったものです。
今朝、またあなたの声が聞こえることを願い、信じています。

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2011年1月14日 (金)

新春句会

一人はご主人の病気のため、もう一人はご自分の病のためにお休みだった。三人の句会は寂しいかなと心配したが、ごちそうをいただきながらのよい句会となった。
 
 研ぎ師来てあらかた終わる年用意  いく
 恙無く今日も終わりぬ寒の入り    いく

 天眼鏡片手に持ちて鼻すする    ひさい
 一病を息災として大根引く      ひさい

 ピチピチと音の聞こえる寒さかな  悠歩
 風止まり新年ドスンと庭に居り    悠歩

 

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2011年1月12日 (水)

寒い日

日本国中が寒波の中にある。日本海側の国や北国は大雪だという。
関東地方ばかりは晴天続きだが、寒さは例外ではない。夕べなど、炬燵に入っていても背中から冷えてくるようであった。背後は窓で二重サッシになっているのだが外の寒さが伝わってきたのだろう。めったに下ろすことのないブラインドを使う始末となった。
この寒さでは外出もできない。カインズホームにも行ってみたいのだがそれもだめである。
北上市に住まいするOさんは車椅子で介助を受ける身だが職場や病院にはどうやって行っているのだろうか。先日は雪のために教会出席ができなかったそうだ。
務めのない今だからこうして毎日家で安泰に過ごしていられるが、現役の時はよく雪の中車がスリップしつつも出勤したものだと我ながら感心する。

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2011年1月10日 (月)

礼拝司会者の祈り

 慈愛に満ちた天の父なる神様。
 大変寒い朝ですが、私たちはあなたの憐れみによって、こうして導かれ、ここ教会に集ってまいりました。今、私たちはあなたの御前に自分の体を捧げ、神様の家族として集まっておりことに心からの感謝を捧げます。
 どうぞこのひと時、この世の重荷から、寂しさから、不安から解放されて、心をあなたに集中して礼拝を守らせてください。讃美と感謝を献げさせてください。
 今はあなたの御子イエスの誕生の喜びの時ですが、私たちの周囲には、いや私たちの中には、不信、争い、失望、痛み、悲しみが満ち満ちていることを覚えます。
 どうぞ神様、私たちの救いのためにこの世に下されたイエスをそっくり自分の中にいただき、自分を神様の愛の世界に移し変えて、不信や争い、失望、痛み、悲しみの世界を変えていくことができますように励ましてください。
 新年を迎え、私たちの教会があなたの体として一体となって御用に仕える事ができますように御霊を送ってください。
 この礼拝に集えない多くの兄弟姉妹がおられます。どうぞ主よ、その方々にもみ言葉を聞かせてください。あなたが臨んでくださるようにと祈ります。
 あなたのみ言葉を取次ぐ先生の体と心を自由にし、その務めを果たさせてください。
 この祈り、感謝の心をもって主のみ名によってお献げいたします。アーメン

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2011年1月 9日 (日)

天国の誕生日

誕生日おめでとう。この世の歳で言えば73歳。70歳で逝ってしまったから天国で3回目の誕生日だね。
神様の元では70も73も関係ないのかな。毎日がどんなふうに過ぎていくんだろうな?
でもね、地上の人にとっては一日、一日が重く、大変な日なんだよ。その中、君は70歳まで誠実に生きて、たくさんの奉仕をして、家庭においても教会においても、さらにはご近所との関係の中でもいきいきと生活してくれたね。
その君がいなくなって僕の生活は一変した。僕は君の愛の中に埋れていたから、その人が去ったら支えがなくなって不安定になるのは当然だよね。
だが、3年経って僕は新しい自分自身の固定方法を身につけたから心配要らないよ。それは周囲から独立し、君のいる天国、神様の愛を見上げて生きることだ。世間話をする相手がいなくて、また安心して依存できる人がなくてコンクリート埋めになっている感もあるけど全く一人でいるよりはいいとしないといけないと割り切ることにしたさ。
君はそんな僕をいつも笑顔で黙って見つめているんだ。寝室のテレビの脇でね。写真だよ。
もう少しの間、見つめ合って生きていくことにしようね。

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2011年1月 7日 (金)

「抜け雀」

朝から落語を堪能した。
演目は「抜け雀」。大酒飲みの男が小さな旅籠に宿を取る。毎日酒ばかり飲んで過ごしたが宿代が払えず、襖に雀の絵を描いて立ち去った。
ところが朝になるとその雀が襖から飛び出して行き、夕方また帰ってくる。この話が広がっておんぼろ宿が有名になり客でいっぱいになったというおなじみの落語である。
春風亭小柳枝が見事に演じる古典落語は時間が経つのを忘れさせた。
本来なら今日は市内の教会の合同祈祷会の日であった。だが、年末からの微熱感が抜けず、また今朝はこの冬一番の冷え込みとか。大事をとって家で過ごすことにしたのだ。
低俗な笑いの多い今日、古典落語がなんと重みを増して聞こえることか。

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2011年1月 4日 (火)

重い年賀状

年賀状みなそれぞれに重さあり

どのハガキも文面を素通りできない重さを持っている。中でもかつて生徒だった人の近況には引きつけられてしまう。
最初に担任した人はもう60歳の定年を迎えているのだが、その一人は昨秋から連絡取れないでいた。その彼から彼の定番のビートルズの顔を描いた賀状が届き、失われた羊が戻って来たような喜びを感じたのだった。
早速電話を入れると、奥さんの咽頭癌で昨年は奔走していたとのこと。今は声帯をとってしまい筆談だが二人で頑張っているとのことだ。今年の幸を祈る他ない。
他にも車椅子生活のAさんから。「娘は高校生です。私は昨年また足の手術をしましたが、なかなかよくならず困っています。」
親御さんからもいただいた。Oさん。「T郎はメタボで困っています。」ハガキにはお腹の出たT君が家族に囲まれている姿の写真が載っていた。
Mさん。「Hさん、Yさんと亡くなり、今度は私もかとショックでした。」息子と一緒に頑張ってきた親たちが召される歳になっているのだ。
皆さんの上に神様の守りが豊かにありますようにと祈る。

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2011年1月 3日 (月)

子どもたちとの正月

三男が子どもを連れてやってきたのは食事前だった。礼拝に行くので一人早くお雑煮を食べ終わっていた私は彼らをおいて教会に向かった。
帰ってみると長女が連れ合いと着いていた。そして、しゃぶしゃぶの夕食をしている時、次男が二人でやってきた。
こうして四人の子どもたちがそれぞれの伴侶(三男だけは仕事の関係で欠けていたが)と共に集い、孫四人と居間は一杯となった。
孫たちは男親たちとスポーツ番組に夢中になり、嫁さん連は化粧やファッションの話題で楽しそうだった。
それぞれの家庭にはそれぞれの課題を抱えているだろうに、こうして集う所があって、昔同じ家で育った子どもたちが一時交わりを持てることはいいものだなぁと私は疲れを覚えながら眺めていた。

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2011年1月 1日 (土)

今年の年賀状

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。(ヨハネによる福音書一章一節)

クリスマスのお喜びを申し上げます。
新しい
年が恵みに満ちたよい年でありますようにお祈りいたします。
2011年元旦

Img_0021支えられて日々を送っています。聖日は礼拝に出席し、また月に一度、家庭集会、句会を我が家で持っています。通院も時々しますがなんとか一人でやっています。ブログの書き込み、個人通信の発行も続けています。油絵は一枚しか描けませんでした。
昨年は二度遠出しました。全国キリスト教障害者団体協議会総会(東京・新宿)と豊島岡教会礼拝奉仕(東京・文京区)でした。ネットや電話で多くの皆さんと交わりをいただけるのも感謝です。こらからもどうぞよろしくお願いします。(趣味のフクロウ 菩提樹でできたドイツ土産) 。

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