« 主が来られた | トップページ | 眼鏡がない »

2010年12月20日 (月)

主の祈りを声高に

「主の祈り」はキリスト者の最も大切にする祈りである。
 
天にまします我らの父よ。
願わくは御名をあがめさせたまえ。
御国を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を今日も与えたまえ。
我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。
我らを試みに会わせず、悪より救いいだしたまえ。
国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。
 
最近、この祈りが切実に感じられるようになってきた。天におわす神を確信して、その神に不誠実なこの私が御名が栄えあることを心から祈らせてくださいと願う。
争い、憎しみの漂う地上に御国が広がって欲しいと願う。ちょうど多くの仲間が召された神の支配したもう天国のように。
今日も体を保ち続けられるように糧を与えれることを願う。当然のごとく朝、昼、夕に頂いていた糧を、この頃は与えられる毎に喜びがあふれるようになってきたのだ。
罪の許しを乞うとき、主は一人ひとりを既に愛し、許しておられることを確信している。
このような背景もあって、私は主の祈りを自分の体をその祈りに与けて祈る。

|

« 主が来られた | トップページ | 眼鏡がない »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 主が来られた | トップページ | 眼鏡がない »