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2010年8月

2010年8月30日 (月)

体で喜びの表現を

教会で讃美の時を持とうと話し合っているとき、輪になって手を握り合ってやってみましょうと提案した。

私たちは言葉だけで交わることが多い。いや、人と交わる場面のみならず生活の中でも言葉を聞くとそのものが理解できたように思ってしまう。目で見る、それでその対象が分かったと納得する。
 
だが一度体を用いて、そのものに触れ、感じ、相手の量(マッス)を知ると、世界が新しくなったような感動と喜びを味わうものだ。
 
讃美も手をとりあって行うとこの体を持った友と一緒に神に感謝しているという実感が強くなるだろう、そう私は思うのだ。
  
だが日本人は他人に触れることに慣れていない。私もそうだった。だからこの讃美方法に疑問をもつ人の心が分かるし、強制はできない。

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2010年8月28日 (土)

朝を待つ

5時前に目が覚めた。カーテンだけの窓がうす明るくなっている。
まだ起きるには早い。ラジオをつける。日の出の時間を地方別に告げているが、ここはまだらしい。
一句浮かぶ。
 
ラジオ聞き夜明け待ちけり老いの冬
あけぼのを待つ手に聖書冬の床
  冬の方が夜明けを待つにはふさわしいと思いこうした。
 
祈り集読んで待ちけり夏の朝
  先日S先生からいただいた祈り集が枕もとに置いてある。
 
創作部分もあるがまんざら嘘ではない朝の心境である。

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2010年8月26日 (木)

願いは通じた

冷蔵庫には炭酸飲料しかない。この暑さでは買いに出るわけにもいかない。父の代に親しかった酒屋に持ってきてもらおうか。でもたとえ一ダースでも安価だから断られるかな。
そんなことを思っているうちに諦めることになった。
 
午後になって孫が「じいちゃん、ジュースを買うからお金ちょうだい」と言ってきた。500円渡して「お茶も2つ買ってきてね」と頼むと喜んで爽健美を買ってきてくれた。
なーんだ、こんな具合に願いが叶ってしまったな、と一人ほくそ笑んでいた。
 
夜になった。孫が突然寝室に来て、「じいちゃんは爽健美茶が好きなんだよね」と聞いた。さてはママが買い物のついでになにかお茶を買ってきたのかなと思いつつ寝た。
  
朝、冷蔵庫には案の定お茶が何本か入っていた。「おいしいお茶」ではあったが、願いが膨らんで実現していったことが愉快であった。happy01

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2010年8月24日 (火)

信じる者の喜び

ヨハネ黙示録14章は神を信じる者への、困難を負うものへの喜びの歌である。23箇所を引用する。
 
14:1 また、わたしが見ていると、見よ、小羊がシオンの山に立っており、小羊と共に十四万四千人の者たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とが記されていた。
14:2 わたしは、大水のとどろくような音、また激しい雷のような音が天から響くのを聞いた。わたしが聞いたその音は、琴を弾く者たちが竪琴を弾いているようであった。
 
14:13 また、わたしは天からこう告げる声を聞いた。「書き記せ。『今から後、主に結ばれて死ぬ人は幸いである』と。」“霊”も言う。「然り。彼らは労苦を解かれて、安らぎを得る。その行いが報われるからである。」
 
今日の聖書の中には「神の裁きの時が来た」「刈り入れの時が来ました」と書かれ、また同義の表現が幾つかある。当時信じる人を苦しめたローマ帝国がやがて亡び、主の国がやってくる、いやもう来ていると言っているのである。
苦しみの内容は異なろうとも私たちも今日の言葉を感謝して受け、喜びたい。

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2010年8月23日 (月)

就寝前の祈り

神様、今日も1日御守りくださりありがとうございました。
昼前には友と30分心を開いて話し合うことができ感謝します。どうぞ弱くなった友の心と体を支え、今夜一晩を過ごさせてください。そして明日は希望の日としてくださいますように。
主に感謝して祈ります。アーメン

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朝の洗濯

今日も猛暑になるというがまだ風は爽やかだ。朝の恒例になった下着の洗濯をして、外の竿に干そうと窓を開けると涼しい風が吹きこんできた。
尿瓶の処理も終わり、寝室の床を簡単なモップでこすって、朝なすべきことはこれで終了。
 
こんなことをしているうちにふと学生時代の想い出が脳裏をよぎった。文京区の住宅街、少し先の坂を降りると講談社や鳩山邸のある音羽通りにでる小日向台町というところに下宿をしていたのだが、そこは賄い付きで友人と二人一室で一人9,000円であった。
想い出というのはそこにはお手伝いの女性がいて、食事の世話ばかりではなく、私の場合は布団の出し入れ、洗濯までしてくれたことである。下着まで洗ってもらっていた。
私たちとあまり年の違わない新潟の田舎出身の女の人であったがよくやってくださったものだと今にして思う。

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2010年8月20日 (金)

悲しみを知っている主イエス

立てなくなってからトイレには工夫しているのだが、時々下着を汚したりする。日常の洗濯は若夫婦に頼んでいるが、夜汚した下着は朝のうちに何とかしてしまいたいと思う。
洗面台に向かって、水をいっぱいに張って液体洗剤をふりかけてゴシゴシやる。その後、絞っても水をいっぱいに含んだパンツやパジャマを膝に乗せて窓から手の届くところにある干し物ざおにハンガーに留めて干す。
こうして自分で対処できる範囲のものはよいのだが敷布などは困ってしまう。以前一度洗濯機に放り込んで洗濯だけは終えて、干す作業は近くに住む義姉に頼んだことがあった。兄を看取った人だから安心して頼めるのだ。
 
イエスは十字架の悲しみと苦しみを知っている。この世での恥辱も経験している。それゆえに私たちは自分を解放してイエスに祈り、依り頼むことができるのだ。

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2010年8月18日 (水)

留萌宮園伝道所の礼拝 信徒の友9月号の感想

 「信徒の友」9月号は楽しい記事に満ちたものでした。

 まず留萌宮園伝道所の紹介記事に感動。

 信徒の皆さんが一週間の出来事を礼拝の一部である「祈りの交わり」という昼食会で報告し合う。これは素晴らしいことです。礼拝は神様に聞き、神様を賛美するところですが、そこで、共に集う人々と、悩み喜びを分かち合っておられる、私はここに打たれたのです。

 牧師先生のメッセージも交わりの中から自然に誕生することを想像すると、牧師中心の教会ではなく、信徒と牧師が作り出す教会の姿が見えてまいります。

 リポートはさらに礼拝後の「平和の挨拶」を取り上げていました。「食卓までが礼拝の一部」という礼拝観、そして握手をしてお互いそこに「在る」ことの恵みを確認できるみなさん、うらやましい限りです

 私もある教会で「報告」を礼拝の中に位置づけ、お互いの顔を確認しあいながら礼拝ができるよう、椅子をコの字形に配置して礼拝を守ることを提案し、実践したことがありました。

 留萌宮園伝道所の礼拝形式がサロン的教会に陥ることなく、一人ひとりを愛し給うた神様を中心にした集会であり続けられることをお祈りいたします。

 九月号ではエレベーター設置を祈り続けた新潟・東中通教会、また福祉タクシーを利用している東京・狛江教会の記事にも励ましを受けました。「弱い者」を大切にされた主イエスの姿がそこにクローズアップされていたからです。

 今後とも一人一人を愛されたイエスの原点に立つ誌面作りに御心を用いられますようお願いいたします。

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2010年8月16日 (月)

悩みをまといて

人の世の悩みをまとい晩夏生く
 
ややオーバーの表現になった。
生活の中には人間関係の軋轢、意思疎通のないいらだち、我が身のままならぬ不自由さ等々各種の悩みがある。
理屈で解決をはかろうとするとかえってこじらせる原因にもなる。
73歳のお年寄りは泰然自若として諸問題を見下ろしていればいいのだがそう出来ない人間の弱さ。
枕頭に悩める時の祈り集を置き、人間関係の中に潜む善なるものを拾い出し、生活が成り立っていることに慰めを見出し、晩夏(少々不適切な季語)を生きることにする。

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2010年8月14日 (土)

句会で祈る

句会の仲間のSさんにお孫さんが誕生した。高齢出産で帝王切開だったという。おばあちゃんのSさんは産湯を使わせるために先日は欠席だった。
句会の恒例で昼食は皆さんが思い思いの食事を用意してくださる。先日もその食事を頂こうとしたら、教会仲間のKさんが「先生、お祈りをしてください」と言った。今までそんなことをしたことはなかったので驚いたが喜んで引き受けた。
今日も健康を与えられて句会ができたこと、食事が与えられたことを感謝し、またSさんとご家族の上に神のお守りがあってこれからの日々が支えられ、お孫さんが健やかに成長することを見守ってくださいと祈った。
すると教会に縁のないSMさんが「お祈りは仏教と同じですね」とおっしゃった。
違和感を感じるのではないかと心配していたSMさんにそう言われて、ああそうなのだ、祈りは共通なのだと再認識をしたのだった。
「祈りの姿は美しい」、先日のテレビである画家が言っていた言葉である。

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2010年8月13日 (金)

孫がいる喜び

昨日から二人で泊まりにでかけてしまった。私の娘の家に行ったのだ。電車を乗り継いで行かねばならないので少々心配だったが無事着いたらしい。
今頃、近くのイオンの大型店舗で買い物を楽しんでいることだろう。
 
夏休み、居間でテレビを見たり、宿題をやったり、時には友達を呼んで騒いでいる子がいないと湖面が凪になったようで物足りない。
テレビを独占し、ソファーに横たわっていてもやはりそこに人がいるというだけで私はなにかもらうものがあったのだろう。
 
「じいちゃん」、「じいちゃん」とお小遣いをせびったり、私の書斎から紙や修正液を持ち出していくこの子たちが年長になって疎遠になったら家庭での私の会話はなくなってしまうのだろうか。

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2010年8月12日 (木)

俳句 梅干し

8月、定例句会。

主な作品
 
人気なき午後の農家や梅干され    悠歩
梅干して老いし吾が身をほめにけり  いく
梅干の味見しながら仕舞い込む    ひさい
  
ひまわりや今朝の血圧正常値     いく
七夕の竹を切り出す八十路かな    洋子   
出産の娘を労ふや夫の夏        ひさい
目覚めれば庭の木立に蝉しぐれ    ひさい
 
膝光る自転車の子や夏休み      悠歩
礼言いて宅配受けぬ夏の午後     悠歩
立てぬ身や雷止まず天仰ぐ       悠歩

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2010年8月10日 (火)

臓器移植に思う

昨夜から脳死移植のニュースがマスコミを賑わしている。改正臓器移植法に基づく初のケースとしてニュース価値が高いのだろう。
臓器移植法が改定されて、脳死と判定された人の意思が不明でも、拒否の意思表示がなければ家族の承諾で提供できるようになったのだ。

摘出された心臓、肺、肝臓それに腎臓は全国各地の病院で移植されるという。

臓器を提供することに踏み切った家族の判断は重い。これを批判するつもりは私には毛頭ない。

だが、一般論として心に引っかかるものがあることは否定できない。

移植の際だけ認められる「死」があることにも人間中心の人間観を見るのだがそれは今回は置いておこう。

問題は移植という行為への根源的な疑問である。

臓器移植を肯定する論理の根底には人の体は部分の集積であるという人間観があるのだろう。近代思想が成立する以前は人は神の被造物であってそこに疑問を挟む余地はなかった。だが、デカルトの時代から人間を対象として分析的に捉えることになった。人間の体は機械のようであり、多くの部品によって組み立てられているという人間観の誕生である。

これは自然科学に長足の進歩を促すようになり、その結果人間生活に多大な貢献をしてきた。

だが神を忘れた人間は、今や人間の命まで創ることに挑戦するようになり、人が神の愛のもとに造られたものであることを忘れてしまっている。

神の造りたもうものには人間の基準から言えば非効率的、非経済的、存在の意味すら不明のものがある。しかし、その不完全さ、弱さを用いて神はこの世を変えようとしている。

機能しない人間の体の部分、知識を十分に用いることの出来ない人、体の一部が先天的に欠損している子どもたち、この人達はそのままで、人の世で生きるように、また生かされるように神は意図して創造されたのである。

そう考えると臓器移植が人間社会の今後の進むべき道として奨励されることに私の中には疑問符の陰が大きく投影されてくるのである。

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2010年8月 9日 (月)

友に恵まれて

思いがけない友からメールが入った。大学時代の友である。数年前クラス会でらったお手製の名刺がふと出てきたので届くかどうか確認したくてメールをまず送る、と書かれていた。
嬉しくて心を抑えながら返事を書いたのだが、不覚にも名前の変換が不十分なままで送ってしまったのは申し訳のないことだった。
その前の日には職場で私をいろいろと気遣ってくださった一年先輩の女性から電話があった。ご機嫌伺いの電話だったが延々一時間近くもお互いに近況を話し合った。
もう何日前のことだか不確かになったが高校時代の友人は我が家を訪ねてくれた。今年の春ようやく大学教授の席を退いて自由になったのだが、まだ専門学校で教壇に週二日ほど立っているという。
この三人は最近触れ合いをした友であるが、高校、大学、職場の友とは頻繁に電話やメール、また手紙を通じている私である。
こうして私は多くの友人に恵まれて今がある。
職場時代の女性が「こうしていつまでもお付き合いができる職場にいられてよかったですね」とおっしゃっていたが、そのとおり、私の生きてきた場はよいところであった。

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2010年8月 6日 (金)

原爆の日

明日が原爆のであることを思い、しばらく話していなかった友Nさんに昨日電話をした。お元気のご様子だった。
だが、もう肺の機能は一般の人の28%しかないという。酸素ボンベを引きながらの外出は大変なので家にいる時間が多くなったとも言っていた。
Nさんは8歳で爆心地から1.4キロで被爆したのだ。家に一緒にいた二人の姉妹はその時に亡くなっている。かろうじて生き残ったお母さんと東京で長らく生活していたが、そのお母さんも彼が看取っている。
今日6日、体験を語るためにNさんは特発性脊髄湾曲症という不自由を押して東松山市の丸木美術館に赴いているはずである。いつもの穏やかな口調であの日の経験を語っているに違いない。

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2010年8月 3日 (火)

夏休み中の昼ご飯

今日の昼ご飯はヒカちゃんが作った焼きそばだった。「じいちゃん、キャベツしかないけどいい?」と事前に確かめてから作ってくれた。なかなか美味しい昼飯だった。
昨日はハルちゃんがチキンラーメンを作ってくれた。卵がなかったので私がお金を渡して近くのスーパーで買い物をしての料理だった。
こうして毎日何かしら孫たちが昼の用意をしてくれる。自分たちも食べなければならないので作るのだが大いに助かる。
これもクッキングヒーターを入れたおかげだろう。ガスを使うのでは危険がいっぱいだが、ヒータなら安心していられる。
時々お小遣いをねだられるがそれもまんざら嫌でもない。
両親が帰ってくるまでは孫たちはよい仲間である。

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2010年8月 2日 (月)

平和を求める人と主イエス

終戦記念日が近づくとマスコミに平和を求める人々の姿が毎日のように登場する。
市井の人が「もう戦争はいやです」「平和の尊さを実感しています」と体験談の後に言う言葉も重い。
また、韓国併合100年に当たり、その不当性や朝鮮の人々に与えた苦しみについてもテレビ、新聞でかなり綿密に報道されている。
これらからは平和を求める心が人々の間に広く根付いていることが伺える。
一方、報道によると内閣か首相の懇談会に非核三原則を見直す動きがあって、「持ち込ませず」を変更する方向が出てきているという。
政治の前には人々の願いは簡単に一蹴される虞を感じるのだ。平和を求める人はその尊さを言うだけでは何の力を及ぼすことも出来ないという無力感にさいなまれる。
 
昨日は日本基督教団の定める平和聖日であった。礼拝では哀歌2章が読まれ、バビロン捕囚で苦しむ人の祈りが語られた。主を忘れた者の主への立ち返りであった。また、出エジプト記22章では「もし、あなたが彼を苦しめ、彼がわたしに向かって叫ぶ場合は、わたしは必ずその叫びを聞く。」と主はおっしゃる。
私たちは自らの力では平和を造れない。主に立ち返り、主に訴えて平和を求めよう。

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