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2010年7月24日 (土)

爽やかな朝に神の愛を知る

炎暑の夏も朝は爽やかだ。6時過ぎに書斎に入ると窓下のヤマモミジがそよ風に揺れている。
明日の礼拝の司会の準備のためにここに来たのだ。聖書箇所はサムエル記上3章10~21である。
読んでいるうちにサムエルとエリの関係を知りたくなった。さかのぼって読むとき出会ったのが次の聖句である。
「人が人に罪を犯しても神が間に立ってくださる。だが、人が主に罪を犯したら誰が執り成してくれよう。」(25a)
人が人に罪を犯したときには神が間に入って下さる。今朝の慰めの言葉である。
後半の聖句からはエリが神の厳しい裁きに合わなくてはならなかったことを思う。しかし、それ程にも神は威厳を保つ方であるのに、私たちのために独り子イエスを下したもうた方であった、その愛も同時に今朝は知ったのだった。

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