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2010年7月

2010年7月29日 (木)

礼拝司会者の祈り

 恵みに富みたもう天の父なる神様。
 暑い夏の日が続きますが、この一週間が守られて、今朝またこうして礼拝堂に集められましたことを心から感謝します。
 過ぐる日の礼拝において、私たちはあなたの側から自分を見つめることの尊さを教えられました。
 自分の苦しみを自分の目で見るとき、そこには悩み、絶望があるだけです。しかし、神様、あなたの高みから考えるとき、そこには御心が宿り、希望があることを知らされます。
 どうぞ、いつも信仰の心を豊かにし、あなたが顧みていてくださることを覚えつつ、毎日の生活を生きることが出来ますように。
 今日もまた、あなたの御心を示し、私たちが希望と平安のうちに信仰生活を送ることができるよう、恵みのみ言葉を私たち一同にお与え下さい。
 今日、ここに様々の事情のために集うことが許されない兄弟姉妹の上にも、どうぞ私たちと等しく生きる喜びをお与え下さいますように。
 全国で時を同じくして行われている礼拝の上にあなたからの霊が雨のように降り注がれますように。そして、この世に神の御国が来ますようにと祈ります。
 み言葉を取り次がれる先生を上からの力で満たしてください。
 この祈り、会衆一同の祈りに併せて主、イエス・キリストのお名前によって御前にお献げ致します。 アーメン

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2010年7月28日 (水)

「皆が感動することがこの子の感動」

NHK昨夜のニュースですばらしい言葉に出会った。
障害を持つ22歳の女性が母親に背負われて北アルプス登山をする話のなかでである。知的な障害も併せ持っているわが子を、その母は今一緒に生きている証として毎年山に連れて行く。
車椅子を改造して背負い籠を造り、後ろ向きそれに乗せて山を登るのだ。
テレビでは多くのボランティアの助けを借りて、一歩一歩岩の転がる山道を進む姿が放映されていた。澄み切った空のもと、山並みが眼下に広がるアルプスを進みながら障害を持つ女性は笑顔を時々見せていた。だが、必ずしもいつも景色を楽しむ風ではなかった。
前を行く人の背に手を置き、後の人に背負い籠を支えてもらいながら、ようやくにして一同は頂上に立った。そこにはサポートしてきたたくさんの皆さんの喜びの顔があった。テレビの前の私も大きな感動に包まれていた。
その時お母さんはアナウンサーの問に答えてこう言ったのだった。
「皆が感動することがこの子の感動です」。
 
大きな意味を持っている言葉であった。人は援助する人の喜びを求めてその行為に加わる。自己の喜びを問わず、人に与えようとする。
障害を持っている人の信仰を考えるときも、その人に信仰の喜びを与えることを優先する。そしてその喜びを表現できない者を信仰の主体者から省こうとする。
お母さんの言葉は、先ず自らの喜び,感動、周囲の者の喜び、感動を問うものとしてハッとさせられる。
教会全体が、仲間が喜び、主の恵みに感動するとき言葉で信仰告白できない者も共に喜び、主に与れるのかもしれないのだ。

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2010年7月26日 (月)

雷公の置き土産

土曜日は激しい雷に見舞われた。不覚にも気分が悪くなった。
その夜から電話が故障し、インターネットも通じなくなった。未だに回復していない。
おかげで落ち着いた生活を取り戻している。
だが、不便なことに変わりはない。NTTに何度電話しても通じないので手の打ちようがない。
雷公はとんだ土産を置いていったものだ。

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2010年7月24日 (土)

爽やかな朝に神の愛を知る

炎暑の夏も朝は爽やかだ。6時過ぎに書斎に入ると窓下のヤマモミジがそよ風に揺れている。
明日の礼拝の司会の準備のためにここに来たのだ。聖書箇所はサムエル記上3章10~21である。
読んでいるうちにサムエルとエリの関係を知りたくなった。さかのぼって読むとき出会ったのが次の聖句である。
「人が人に罪を犯しても神が間に立ってくださる。だが、人が主に罪を犯したら誰が執り成してくれよう。」(25a)
人が人に罪を犯したときには神が間に入って下さる。今朝の慰めの言葉である。
後半の聖句からはエリが神の厳しい裁きに合わなくてはならなかったことを思う。しかし、それ程にも神は威厳を保つ方であるのに、私たちのために独り子イエスを下したもうた方であった、その愛も同時に今朝は知ったのだった。

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2010年7月23日 (金)

ゲゲゲの女房と我が妻

少し前の時代の話とあって登場人物には共感できるところが多い。
中でも水木しげるの奥さんなる女性には妻の面影を見る思いだ。
痩せ型で、背が高く、旦那さんを「おとうちゃん」と呼ぶ「女房」。働き者の旦那の陰にいて、言われるがままにハイ、ハイと仕事を引き受け、忙しく動き回る姿は我が女房そっくりである。
左手のない旦那が看板を掛けるときには力仕事まで手伝わねばならないが、それを当然のこととしてやってのける姿にも感動する。
第二子を宿したようだが、子育てにはまた苦労するだろう。
子どもの手を引いて、もう一人をおんぶして、買い物を抱えながら連れ添ってくれた女房を思い出す。

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2010年7月21日 (水)

主は苦しむ人と共に

先日のキ障協総会で行った開会礼拝説教をアップしました。

http://homepage3.nifty.com/bridge2/kokoro.html

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不満を言わず 感謝して

昨日は通院。連休明けとあって大いに混んだ。
病院は院内をあちこちと動かねばならない。検査室、診察室、会計、それに昨日は猛暑だったので飲み物を買いに売店へ。
これらを済ませて、病院と我が家の対称点にあるメガネ店へ。近用メガネの縁が曲がってしまったので行かざるを得なかった。
薬局に寄って帰宅したのが午後2時。
  
今朝は昨日の疲れが酷い。腕の痛みもいつになくきつい。
だが、以前のように悲観的にはなっていない。疲れもやがて取れるだろうし、腕も使わないとますます弱るばかりだから、痛くても時には動かねばならないと考えている。
 
先日も書いたように新生活の出発点に立っている感じである。不満を言わず、主に感謝してゆっくり歩こう。

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2010年7月18日 (日)

苦しみも恵みとして

今朝のメッセージはフィリピの信徒への手紙(一章12節~30節)からだった。
パウロはこの手紙を獄中で書いている。パウロはその苦しみを神の視点から捉えていると牧師は語った。
人の立場からは苦しみは避けたいものである。しかし、神の視点から見ると、そこには神の御心がある。ご支配がある。
私たちもその視点を与えられていることを覚え、主に励まされてい生きたい。

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2010年7月15日 (木)

村祭りの日

「じいちゃん、お金ちょうだい!」
「石神社のお祭りで、屋台が出ているんだって」
孫がそう言ってきた。
 
ああ、そうか。村祭りの日だった。やっと思い出したのだった。
その昔、まだ私の兄、姉が子どもだった頃、神社に通じる道は人でごった返し歩くのも大変だったという。
私は歩いていけないので、この日には母が背負ってくれたものである。衆人のなか、奇異の目で見られながら息子のために歩き続けた母。
そんな想い出のある浅間神社の祭の日を私は忘れる者になっていた。
 
財布の中に小銭は270円しかなかった。「いいよ、それだけで。自分のお金、少し持っているから」そういうが早いか孫は雨模様の外に飛び出していった。

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2010年7月13日 (火)

日々生きる

Img_0389頭痛がする。37°だからそう心配もしていないが疲れか寝冷えだろう。
雨もひどいし、病院行きはやめにした。
朝食をいつものように用意して若者は出勤。食欲がないのでおかずは半分残す。昼飯に 食べよう。
先程まで茶を飲みながら新聞を読む。民主党が先日の参議院議員で敗北した記事ばかりである。小生の投じた政党は我が町では100代の獲得数であるとのこと。いつになったら陽の目を見られるやら。小政党でも憲法を守ると言っている以上見限ることは出来ない。

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2010年7月11日 (日)

妻の死の受け入れ

リハビリテーションの過程の最終段階は障害の「受け入れ」である。拒否、混乱、無視、などのプロセスを経て、やがて人は自らの上に起きた大きな事実を受け入れるようになる。そして、人生の再出発をするのだ。
これは身近な人の死、喪失、別れにも当てはまるだろう。
最近になって私も二年前に亡くなった妻の死を事実として、感情なしで受容出来るようになった気がする。
寂しさ、孤独感、懐かしさ、不便さなどを不定期に感じるのだが、その時、もう妻はいないのだからこれらの感情が湧くのは当たり前だと思えるようになった。寂しがればいい、孤独に陥ればいい。この思いは当然のことだ、と肯定できる。これが受け入れというものだろう。

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2010年7月10日 (土)

今日の聖句

10:9 そこで、天使のところへ行き、「その小さな巻物をください」と言った。すると、天使はわたしに言った。「受け取って、食べてしまえ。それは、あなたの腹には苦いが、口には蜜のように甘い。」
10:10 わたしは、その小さな巻物を天使の手から受け取って、食べてしまった。それは、口には蜜のように甘かったが、食べると、わたしの腹は苦くなった。(ヨハネ黙示録)
 
聖書の言葉を聞くことはたやすい。しかし、この世でみ言葉にそって動くことは辛く、苦しいことだ。

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2010年7月 8日 (木)

キ障協総会終わる

2010年度キ障協(全国キリスト教障害者団体協議会)の総会が無事終わった。
今年も北海道から四国にわたる地域から各障害者団体の代表者が一堂に集って、神に共に祈り、賛美し、また各団体の交わりを深めたのだった。
特に今回は主題講演に精神科医であり牧師である山中正雄先生をお迎えし、「うつの時代を生きる~いのちの尊厳とは~」と題した話を聞くことができ、うつと現代社会、信仰との関連を問われることとなった。
各団体とも日本の教会が抱えている、老齢化、少数化、財政の困難さなどに共通に直面しているが、しかし、それに先立つ主の恵みに生かされているようすも確認できた。
私も与えられた業を主に今後のこと(弱い指導性、体調の不安、等々)は預けて心を貧しくして果たしていこう。

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2010年7月 3日 (土)

妻の召天を記念して

2年が経つ。その日も雨が台風のように時々やってきていた。今日もそれを心配して、雨の時は会堂の中で賛美歌を歌い、祈る時を下さいと今朝になってお願いした。
幸いにも午後は薄日の差すよい時となった。
子供たちと姉2人が会堂に座った。娘の弾くオルガンに合わせて賛美歌493番「いつくしみ深い」を歌う。その後、牧師が「神はその独り子をお与えになったほどに世を愛された。独り子を信じるものが、一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」と聖書を読まれ、祈ってくださった。
夏草の伸びた墓苑は車椅子では動けないだろうと私は心配したが子供が軍手を用意し、少し草を抜いたおかげで、共同墓地に行くことが出来た。
百合の香が参加者を包んだ。
こうして2日早い妻の召天記念の集いは無事終わった。

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2010年7月 2日 (金)

若き日の訓練

一日が始まった。まだ、食器はテーブルの上に置いたままだが、電動車椅子に乗り換えてから流しに運ぼう。
その前に、先程洗濯を済ませた。と言っても大きなものは洗ってもらうから、靴下、パンツ、それにパジャマの下だけを洗面台で洗ったに過ぎない。
立たずにオシッコをするとどうしても下着を汚しやすい。家族に洗ってもらうべく洗濯籠に入れておいてもいいのだが、出来ることはやったほうが早い。
先日、期日前投票に行った帰り、マツモトキヨシに寄って小さな容器の洗剤を買ってきたので今朝はそれで洗ったのだ。午後になると激しい雷雨がくるだろうが、今は日が出ている。
やっと届いた干竿にハンガーを使ってぶら下げたので間もなく乾いてくれるだろう。
 
こうしていると学生時代を思い出す。賄い付きの下宿ではお手伝いさんが洗濯までやってくれたのだが、一人で小屋を借りて住んだときには食材の調達、洗濯までみなやった。
杖の身では持ち運べる数量が限られるので、ごくごく簡単な、例えばキュウリ、食パン、ウインナーなどを一人で食べ、洗濯は井戸の脇に座ってゴシゴシとやったものだ。
今、一人で何とか毎日を送れるのもこの若き日の訓練の賜物かもしれない。

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2010年7月 1日 (木)

俳句整理

来週一年ぶりで宿泊を伴なう外出がある。午前中は持ち物の準備。下着までも自分で整えなくてはならなくなったので骨が折れる。
 
午後は先月の句会の整理をした。その中から何句か。
 麦秋や論語の里に学びけり
 柿若葉ヘリコプターは低く飛び 
 雨の日や通院終わり新茶汲む
 手をかざし桜桃の実のまぶしかり
 粋な名の紫陽花残し妻逝きぬ
 風少しゆるやかなりし四葩かな
 
墨田の花火という紫陽花が庭の隅に咲き出した。妻のお気に入りの花だった。

 

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