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2010年4月21日 (水)

祈りの会に出席

祈りの会にしばらくぶりで出席した。祈ることにこがれたのである。
ガラテヤの信徒への手紙はいつの間にか終わって、エフェソの信徒への手紙に移っていた。
今朝は2章の初めを学んだのだったが、そこには私たちが救われたのは行いによるのではなく神の恵みによると信仰の基本が述べられていて、改めて主が信仰の中心におられることを知った。
  
「2:8 事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。
2:9 行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないためなのです。
2:10 なぜなら、わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。」
  
ここで「善い業」とは信仰生活であり、奉仕の業であろう。そのゆえに、信仰生活も奉仕も神のギフトへの感謝の印として献げるものなのだ。教会にも人間関係でのつまずきがあるがそれを越える力は神の恵みへのお返しという意識である。

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