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2010年4月30日 (金)

昨日の聖句

昨日、よい聖句をいただいたことを記した。その句を反芻しているうちにふとナウエンのことを思い出し、彼ならばこの聖句をどう捉えるだろうと考えた。
そしてナウエンならぬ私が昨日とは異なる仕方でこの聖句をいただく思いに至った。
私たちは神様の子供である。親は子供に頼りにして欲しい、親とともにいることを喜んで欲しい。そう願うに違いない。神様である親は神様を見上げて祈っても欲しいと思うだろう。
また、親が与えたもので一時は苦しみを伴うことも、感謝して受け取って欲しいのだ。
私たちの神は人格的な交わりをもって接してくださる神である。だから私たちにこんなふうに望んでおられる、テサロニケの信徒への手紙はこう書いているのではなかろうか。

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