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2010年3月

2010年3月31日 (水)

交読 神との対話

この2年、日毎につぶやきを発してきた。体の衰えに、人との交わりに、孤独の寂しさに。
だが、その時にも神からの言葉が絶えることはなかった。神は見捨てず御心を示された。
その経過をブログの記事から拾って、ちょうど教会の礼拝で用いる交読文のように整理してみたくなった。交読文はユダヤの民が神を称える歌である。不信仰を悔い、神の恵みを祈り、哀れみを乞う詩である。
結果はこのようには整理できなかった。だが、公表してみたい。下記にアクセスいただけたら幸いである。

http://homepage3.nifty.com/bridge2/375.html

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2010年3月27日 (土)

孫の作った食事

胡椒利く孫のチャーハン春休み

今日から小学校は春休み。

昼食を何にしようかと迷いながら居間に行った。冷蔵庫の中を探して自分で昼食を用意ければならない時間である。あり合わせのもので電子レンジを使って食事を用意するのも最近ではあまり苦にならなくなった。とはいえ面倒のことに変わりがない。

「さて何食べようかなぁ」。そう言って居間に入ると孫の光ちゃんが「チャーハン作ったよ。食べる?」といった。
見るとお皿の上に小山のような形をしてチャーハンができていた。
「じいちゃんには辛いかもしれないよ」。
そう言われて食べてみると、確かに胡椒がよく利いた味だったがさっぱりとしておいしかった。

孫にいただいた最初の食事であった。

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2010年3月26日 (金)

今月の俳句

花桃が咲いたよ君も見てごらん
陶わんのひびのやうなり梅の枝
雪の朝根元に優しき円のあり
巣作りや小枝運ぶ鳩優し
ほころびしズボン繕う春うらら
春の雪まゆだまのごと枝に成り 

外出の機会が少なくなると季題も限られてくる。他の俳句仲間のように多彩な俳句ができなくなってくる。こんな時思い出すのはが正岡子規である。彼は根岸の小さな家の中で目の前の事をたくさんの俳句で表現したのだった。彼のおう盛な興味心と表現意欲のなす技であろう。これは失いたくないと私も思う

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2010年3月23日 (火)

若者の顔

春の選抜高校野球が始まった。今日は甲子園は雨。その雨も徐々に強くなった。グランドは黒く、水溜りも出来る始末。
だが、若者にはそんなことは関係ないように見えた。ピッチャーは腰のポケットに一球ごとに手を入れ、ボールが滑らないように注意しながらキャチャーめがけてボールを投げ込む。ランナーは滑り込むとユニホームが真っ黒になるが、それでも走る。
攻撃や守備が終わって仲間が集まるとその顔は輝き、目には光があった。
自分が観客席にいたらブルブル震えるだろうに、若者は嬉々として跳びまわる。
若さは人を生かす原動力のようだ。

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2010年3月22日 (月)

一日遅れの日記

書き出しが「昨日は・・・」である場合が多い。日記はその日の出来事を書くのが普通であるのにこれはどうも変である。
それというのも夕方になると疲れて書くのがおっくうになってしまうからである。
「昨日」は教会の臨時教会総会の日だった。書記をしているから会議中気が休まらないし、提案事項もあって終わるまでは緊張もあった。
予想よりも早くすんで帰宅も早かったのだがそれでも疲労はかなりのものだった。
こたつに入ると起きているのもきつくて座椅子に寄りかかっているうちに眠り込んだらしい。気がつくと相撲が終わっていて、大関陣の勝敗がどうなったかもわからなかった。
風呂にも入らずに寝ようと思ったのだが、どうしても頭がかゆくてたまらない。そこで、洗面所で車椅子に乗ったまま頭を突き出してゴシゴシこすることにした。
シャツがだいぶ濡れたが、髪の毛は爽快になり、心残りなく布団に入ることができた。

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2010年3月20日 (土)

未熟なウグイス

昨日、今日とよい日が続く。光が豊かになって、自然が明るさをましたように見える。
キ障協総会の準備の必要があって手紙を四通書いたので電動車いすに乗ってポストまで行った。いつも家の中ばかりにいる者には春の光はまぶしい。
家の角をまがると東の畑からウグイスらしい声が聞こえる。でもその声は太いし、鳴き方も下手である。もしかしてどこかの家からラジオが聞こえてくるのかもしれない、そう思っているとやはり畑の中の梅の木の方から聞こえる。
春先なのでウグイスもまだ鳴きなれていないのだろう。それだけに親しみやすい可愛い声であった。

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2010年3月19日 (金)

乱れている世の中でこそ

平城遷都1300年を記念して大極殿が再建されつつある。その壁画の製作に当たっている人は村上さんという。76歳の日本画家だ。先日のテレビでも1日中高いやぐらに乗って絵筆を振っている姿が紹介されていた。

今朝の朝日新聞にその上村さんが載っていたが、その中に、最近の強いものの論理が横行する社会に危うさを覚えるとあった。しかし、それに続いて上村さんは「でも、乱れている世の中でこそ文化は発展する。『これでいいのか』という思いからだ。人々を守る四神を描くには実はいい時代なのです」と言っていた。

これは示唆に富む言葉である。私たちクリスチャンも社会の人々の乱れた姿、己の不信仰に失望することなく、いやむしろそうであるからこそ神の言葉を取り次ぐ務めを与えられていると承知すべきなのかもしれない。

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2010年3月17日 (水)

1ユニット30分の生活

近頃一日が短く感じられて仕方ない。一日生活して、夕べになって今日は何をしたろうと振り返ってみると、あまり多くのことをしていないことに気づくのだ。
ふと、その原因に思いついた。一つ一つの動作、活動に多くの時間を要するようになったゆえである。
先ほどトイレを済ませたのだが、NHKのみんなの体操が終わって、これは9時30分に終わる、それからトイレに入ってズボンを上げて全部調え終わったのが、10時であった。これはトイレに限らず、手動式の車椅子から電動車いすに乗り換えるにも同じようなものだ。
少しさばを読むと、私の生活の一つのユニット(工学ではモヂュール)は30分と考えていい。
これでは一日の活動量も少なくなるわけである。
だが、文句を言っても仕方ない。この生活をよいものにするべく考えていこう。

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2010年3月16日 (火)

医師との交わり

昨日は肝臓の定期検査のための受診をした。診察時間は10分もかからないのに延々2時間も待った。家に帰ったのは午後1時半を過ぎていた。2時からはマッサージを受けねばならない。あわてて昼食をとって疲れた体をしばし休めた。
  
検査結果は特に問題もなく、CT検査と次回の予約を入れて診察を終えるところだった。医師が「先日は雪で来られなかったですね。」と言うので、少しこちらの心も和み、用意していった「こころの便り ポストポリオ症候群という勲章」を差し出し、「私の体の状態を綴ったものです。お時間のあるときにご覧ください」と言って渡した。
医師は「ぜひ読ませてください」と快く受け取ってくれた。
  
患者と医師との関係は診察室で検査結果を前にしての数分間に限られがちであるが、本来医療とはお互いの人間的な信頼関係を基にして成立するものだろう。その意味で、今回「こころの便り」が相互理解に役立ってくれたらありがたいと思う。

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2010年3月14日 (日)

友の上に祝福を

Tさんの髪の毛が白く、少なくなって頭皮が透けて見えるようになってしまった。聖日ごとには教会に来られなくなっている兄だが今朝は私の前の席に座って共に礼拝を守ることができた。
今朝の説教はイエスが悪魔の誘惑を受けるところだ。それにもう一箇所、ヤコブの手紙一章の誘惑と試練。
主の与えたもう課題はそれを神からのものであることを信じ、神に頼って生きるときに誘惑でなく試練となり、それは十字架のイエスが引き受けてくださるとのメッセージ。
説教を聞きながら私はTさんの薄くなった髪をこころが濡れるような思いをもって時々見詰めた。神が兄のこれからの日々を支えてくださるように祈りながら。

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2010年3月12日 (金)

天国に帰った君への手紙

昨年ある新聞社が、亡くなった親しい人への手紙文を募集した。私はそのとき妻を天に送った後の、やや立ち直りかけてきた心情を書いて応募した。
先日結果が発表されたが私は選に漏れていた。もっと普通の言葉で、簡単に、素直に書くことが求められていたようだった。
今日は応募したものとは後半が異なる手紙をHPに紹介した。今はイエスが十字架に付けられた苦しみを思う受難節であるし、またその後には復活の喜びがあるから、それに支えられて妻の死を受け入れようとした文章が時にあっていると判断されるからである。
http://homepage3.nifty.com/bridge2/374.html

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2010年3月11日 (木)

雪の日

Img_0097思いがけない大雪。5センチくらいは積もっただろうか。外のスロープもすっかり雪に覆われてしまった。若い者はそのまま勤めに出て行ったが、こんなとき思い出すのはまだ私が現役のとき、妻が1人で駐車場までの雪かきをしてくれた姿である。
私は通院の日だったが予約日を変更してもらった。
5センチくらいの積雪でこんなありまさまだが、岩手に住むOさんなどその苦労は大きいだろうと想像する。

今朝はすっかり晴れて日差しも明るい。庭には鳩が時々やってきて小枝を拾って運んでいく。巣作りが始まったのかもしれない。

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2010年3月 9日 (火)

子規を支えたもの

子規は動けなくなってからも自己をしっかりと主張していた。一家の主然として振舞っていたのである。食べ物には注文を出したし、家人の行動にまであれこれ口をはさんだ。決して自己卑下の態度などとらなかったらしい。
そうできたのは蔭に仕える人がいたからである。妹の律さん、お母さんは己を捨てて彼の言うがままに動いてくれたし、子規を師と仰ぐ弟子たちは彼を喜ばせようといろいろと算段していた。
もちろん子規は弟子たちに仰がれるような力量の持ち主でもあった。漢学の素養もあり、また短歌、俳句の革新をしてその評価も高かっただろう。
幼馴染の真之が広い世界を飛び回っているのを見て、病床六尺に住んでいても自分はこの動けない体で十分な働きができると自負していた子規。
彼の心意気を持って私も生きたいものだが・・・・。

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2010年3月 5日 (金)

爆睡

「じいちゃん、今バクスイしていたよ」。昨日の夕方炬燵で孫からこんな言葉をかけられた。「グーグー、いびきかいてた」とその後孫は付け加えながら。
そう言われれば少し居眠りをしたようだった。炬燵に入ると一日の疲れが一気に出て、座椅子に寄りかかるともうそのまま動けなくなってしまう。昨日はそのまま寝てしまったらしい。
だが、バクスイとはどんな字だろう。爆睡でいいのだろうか。爆笑は大笑いすることだからぐっすり寝込むことには爆睡という漢字を当ててもいいのかもしれない、そんなことを考えながら、子供は面白い言葉を覚えてくるものだと関心した。

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2010年3月 3日 (水)

ポストポリオ症候群という勲章

しばらくぶりにエッセイを書いた。もっとも身近な問題、PPSについてである。
書き終えるとき、PPSが体の使い過ぎによるとすれば、それは勝利を目指してがんばった結果であり、その勝利に与えられる勲章、メダルのようなものではないかと気づいた。
ご覧いただけたら幸いである。

http://homepage3.nifty.com/bridge2/373.html

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2010年3月 2日 (火)

昼食始末

切り餅がまだいくつか残っていた。ラップされ、湿気取りが入っているから十分食べられる。
  
二枚をオーブンに入れ、4分をセットして焼いた。あまりきれいな焦げ目はつかなかったが少しふっくらとしたお餅らしい姿になった。
おにぎり海苔と書かれた袋を見つけ、二枚、余熱のあるオーブンに乗せてから、餅を包んでテーブルに運ぶ。
 
なんか物寂しい。そこでインスタントの吸い物を作ることにした。ポットのお湯はもう底をつきそうだったが、お椀を台所から運び、封を切って注ぐ。ワカメがだんだんと緑を濃くし、椀に広がった。
 
よし、いただこう。そう思ったとたん、椀を車椅子の角に当て、床にこぼす。朝には急須をひっくり返しお茶っ葉が散らかったばかりだ。またやってしまったと後悔したが後の祭り。
床を汚したまま食事をするのも気持ち悪いので、タオルでふき取った。
 
ようやくありつけた昼食。結構な味であった。

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