« ボディ・イメージの変化 | トップページ | 今月の俳句 »

2010年2月21日 (日)

苦しみも恵み

「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。」(マルコによる福音書8章34・35)
 
自分の十字架とは何か。信仰的に理解すれば様々なものがあろう。これを自分に引き付けて考えれば、生活上の苦しみと理解することも許されよう。
自分の苦しみを負って生きる、このことが永遠の命を得ることにつながる。何たる祝福に満ちたメッセージであろう。
 
「あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです。」(フィリピの信徒への手紙1章29節)
 
今朝の新聞によれば、日本に住む中国の人たちはイエスを信じることによって、日々の苦しみに耐えているという。ところが、その教会生活さえ厳しい制限の中にあるのだそうだ。二重の苦しみに囲まれている彼らこそキリストのために苦しんでいると言える。
 
私の苦しみは「キリストの苦しみ」かどうかという自問もあるが、そうだととらえることを許されて信仰に生きたい。

|

« ボディ・イメージの変化 | トップページ | 今月の俳句 »

「信仰」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ボディ・イメージの変化 | トップページ | 今月の俳句 »