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2010年2月

2010年2月27日 (土)

春近し

穏やかな日だった。昼過ぎ、電動車椅子で外に出てみた。道を隔てた畑には何の作物もない。寒い季節、歳を重ねたKさんはめったに姿を見せないのだ。
だが、畑には確実に春がやってきていた。いぬふぐりが地面に張りつくように緑の葉を見せ、ルビーのような色の花を咲かせていた。
Kさんが植えておいたのであろう、ヒヤシンスも恥らうような白さで花を付けていた。
寒い厳しい冬がこうして終わろうとしている。

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2010年2月25日 (木)

LLのトランクス

初めて自らトランクスを買った。370円だった。
以前「しまむら」でワイシャツを買ったときトランクも買おうと思ったのだが袋に入っていて材質を確認できず諦めたことがある。自由に腰を上げることが出来なくなって綿などのトランクスは履きにくくなってしまった。なんと言う素材かわからないが柔らかなものの方がうまくいく。
今度の店では直接触れて確かめられたので心配なく買えたというわけである。
不自由のある者にはサイズも大きいほうがいい。
下着の世界も独りになって変化を迫られている。

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2010年2月24日 (水)

甥の来訪

突然甥が訪ねてきた。めったに来ない甥である。用件は簡単だった。家系図を作っているので私の知っていることを教えて欲しいというのだった。
以前私も簡単な家系図を書いたことがあるのでそれを見せたり、年賀状や住所録から子供たちの連れ合いやその子供の名前を示してひとっきり話し込んだ。
 
こんなものを作ってどうするの、と聞くと今、歴史教室に通っているので家族の歴史にも興味があるのだという。そういえばこの彼は今年定年を迎えたのである。毎日が日曜日なので好きなことをして過ごしているのだ。
 
彼は、女7人、男1人の兄弟の長姉であった私の母の下から三番目の妹の子供である。どうしたわけかこの叔母だけは勤め人の奥さんになって小さな、町家に住んでいた。どの叔母も私をかわいがってくれたのだが、この人はある種の尊敬を持って扱ってくれた。
もう亡くなって何年になるか分からないが、高崎市の家に模擬試験の帰りに寄ったとき、こまめに動き回ってもてなしてくれたことが昨日のように思い出される。

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2010年2月22日 (月)

今月の俳句

春の朝句欄読みつつ句をひねる

山肌の露になりし冬の朝

春の午後嫁になる子の父母のゐて

寝返りの出来ぬ体や冬布団

さえずりや今朝一番のご挨拶

雛様に菓子ねだる子や頭下ぐ

雛様の宴あるてふ夜更けかな

蔵出しの頬の冷たきひいなかな

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2010年2月21日 (日)

苦しみも恵み

「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。」(マルコによる福音書8章34・35)
 
自分の十字架とは何か。信仰的に理解すれば様々なものがあろう。これを自分に引き付けて考えれば、生活上の苦しみと理解することも許されよう。
自分の苦しみを負って生きる、このことが永遠の命を得ることにつながる。何たる祝福に満ちたメッセージであろう。
 
「あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです。」(フィリピの信徒への手紙1章29節)
 
今朝の新聞によれば、日本に住む中国の人たちはイエスを信じることによって、日々の苦しみに耐えているという。ところが、その教会生活さえ厳しい制限の中にあるのだそうだ。二重の苦しみに囲まれている彼らこそキリストのために苦しんでいると言える。
 
私の苦しみは「キリストの苦しみ」かどうかという自問もあるが、そうだととらえることを許されて信仰に生きたい。

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2010年2月18日 (木)

ボディ・イメージの変化

月曜日と木曜日マッサージを受けている。この日が来るのを楽しみに待っている、そんなマッサージを受けている。
私のつらい部位を的確に捉え、そこを重点的に揉みほぐしたり、力をかけてくれるのでなんともありがたい。
それだけではない。脊柱が湾曲し、いつも猫背で生活しているともともとの人間の体を忘れてしまうのだが、彼は私の曲がった部位を押し戻し、体をひねり、自然の姿を取り戻すような援助をしてくれるのである。すると私の体は天に向かって垂直になり、天地の軸にはまったようになる。
この歳になってもう一度身体像(body image)を変化する機会を与えられている。

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2010年2月17日 (水)

信仰の友を訪ねて

昨日92歳の信仰の友Sさんをケアハウスに訪ねた。
  
Sさんはお1人住まいである。俳句仲間でもあるKさんと伺うとその部屋は温かい空気に満ちていた。日常お休みになるベッドが丸みを帯びて置かれ、その脇には炬燵、そして毛筆で書かれた聖句が立てられていた。部屋の隅の書棚には何冊かの信仰書が見えた。ドイツ製だという人形が二体寄り添って置かれているのもSさんらしく、その品格をしのばせるものであった。
 
聖句は次のものである。
ピリピ人への手紙4章6節「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈りと願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るであろう」
イザヤ書41章10節「 恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け わたしの救いの右の手であなたを支える。」
Sさんはこの聖句に支えられ生きておられるに違いない。私にとっても大きな恵みをいただくことのできる聖句である。
  
今回の訪問の目的の1つは常時礼拝に来られないSさんが一人で守っておられるという1人での礼拝についてうかがうことであった。Sさんはこの礼拝を神に捧げることから一日を始めると常々おっしゃっている。教会には高齢になって礼拝出席が難しくなった会員が多くいる。その人にSさんの信仰生活を伝えることができたらきっと励みになる、そう信じて私は今回の訪問を決めたのである。
 
今日はもう長くなったのでこれまでにする。

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2010年2月15日 (月)

鬼が笑う・・・

「鬼が笑う月が泣く」は親が傍にいるときのような安堵感を与えてくれる本である。一日の終わり、コタツにくつろぎながら気が向くと数頁を読むのだが、その度に詩に、短歌に、また俳句に己と同じ感情を見出し、親の懐にいる思いになっている。
いや、作品の力にもまして編著者である花田春兆氏の絶妙な解説がそうさせるのかもしれない。
今夜開いた頁に短歌「あしなえの一生(ひとよ)疲れ老いし身は命の終わり早くと祈る」(伴井嘉子)があった。春兆氏は「身動きもままならぬ身を鞭打っての長い一生だったのだ。疲れもひとしおなのだ。」と断定的に解説している。これがいい。
頁をめくると「後二〇年生きて文子を見守ると云いたる兄の眼差しやさし」(長田文子)がある。ここには障害を持った人が時々出会う周囲の優しさがある。
多くの人に読んでほしい本である。

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2010年2月14日 (日)

恵みの神様 礼拝の祈り

 慈しみ深い天の父なる神様。

 今朝も私たちはあなたから恵みをいただきました。
 朝を与えられ、一日を始めることができました。感謝します。
先週の礼拝からの一日、一日も恵みを受けながら過ごしてこられました。本当にありがとうございます。
 体は衰え、周囲には多くの困難があります。時にはその力に負けて、あなたに連なる自分であることを忘れることさえあります。
 しかしそんな時でも、そのような自分であっても、一日、一日はあなたが設けてくださる日々であること、私たちの生活はあなたが備えてくださる下さるものであること覚えるとき、あなたはもう一度私たちに臨んでくださり、あなたへの信仰を甦らせてくださり、希望を確かにしてくださいます。
 御子イエスが十字架に架かり、私たちの苦しみをすべて負いたもうたことを思うとき、そして死に打ち勝ちたもうたことを思うとき、私たちはあなたの愛のうちに憩うことを許されます。
 そのようにして一週間の日々を送り、今朝またあなたの招きによってこうして兄弟姉妹、御許に集ってまいりました。

 どうぞこれからのひと時私たちと共に居てくださり、礼拝を導いてください。私たちがあなたの恵み、恩愛に感謝し、こころから讃美の声を上げることができますように。
 また、子供が親に無心に願うようにこころからの祈りを捧げることができますように。先生を通して聞くみ言葉にしっかりとこころを向けることができますように。
 今朝ここにさまざまなことのために集えない友を省みてください。病の床にある兄弟、姉妹を励ましてください。
 み言葉を取り次ぐ飯野先生を聖霊で満たしてください。
 これらの願い、祈りをあなたの御子主イエス・キリストのお名前によってお捧げいたします。 アーメン

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2010年2月13日 (土)

句集の完成

Img_0079句集作りにこの何日か集中していたが、ようやく出来上がった。4人に2冊ずつ8っ冊、50頁の句集ができた。
巻末にこう書いた。

 あとがきに代えて ー我らが句会ー
 この句集は四人の俳句好きの仲間が寄り合って行っている句会の産物である。
 句会は月に一度、原則、月初めの木曜日の朝開かれる。悠歩の日記からその様子を紹介してあとがきに代えよう。
 二月の定例句会が先週の木曜日に無事終了した。
 わたしが世話役なので皆さんが定例日の一週間前ごろまでに郵便やFAXで作品を送ってくる。今回もそうしたのだが、二人の方は一度送ってきてから、その後推敲しなおして、再度「間に合いますか」と言いながら送ってきた。
 少しでもよい作品を作ろうとされている皆さんの姿は美しい。(二〇〇九年二月一二日)
 Hさんが釜を抱えてやってきた。ご飯を炊くのが間に合わなかったのだと言う。もう米は研いであったので、ただコンセントにさせばよかった。
 句会は台風が本土を狙っているという天候の中、おのおの好きな句を五つ選句し、合評しながら賑やかに進んだ。
 句会果てし後は定例の食事会。新潟産コシヒカリは釜の中でいっそうおいしくなり、おかずを必要としない味であった。他に、茗荷、南瓜などのてんぷら、和え物、漬物が並び、ご婦人方の闊達な声が交差して、瞬く間に楽しい一時が過ぎていった。(二〇〇九年一〇月〇七日)
 定例の句会の日。この日はまどいの日でもある。お茶を持ってきてくださる方おり、羊羹持参の方あり、袋掛けしたみかんを差し出す人ありといった具合である。昼は上寿司を取り寄せ、遅まきながら新年会と張り込んだ。
 三人のご婦人がおいでになるのだが、聞くところによるとお三方は他の結社のメンバーで、月に何句かを提出しなければならないのだそうだ。だから、わたしの家での句会はその準備の場でもあるらしい。推敲されることを期待して作句する場合も多いとのこと。
 俳句の会が終わると今度は食事をいただきながら、世間話がひとっきり続いてようやくお開きになる。今日も終わったのは一時半であった。(二〇〇九年一月八日)
 こんな句会の中から誕生したのがこの句集「木曜の朝」である。もう三十三回になるのだが、ここには二十五回までの作品が収めてある。
 日々の生活の中で俳句を作り、句座を囲む一人ひとりの笑顔が浮かべば望外の喜びである。

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2010年2月11日 (木)

ラジオ深夜便

朝3時、4時に目覚める癖がついてしまった。そんなときはラジオ深夜便を聴く。
今朝は3時からブルースを流していた。曲の合間にリスナーからの手紙が紹介される。同じ年代の男性が聴いていることを知ると、もしかしてこの人も私と同じ境遇なのか知らんとふと親しみを感じてしまう。
左とん平(?)がかすれ声で歌う「ヘイユーブルース」が最後だったが結局1時間聴いてしまった。
実は妻は毎日のようにこの番組を聴いていたのだった。イアホンを付けて毎夜聴いていた。
どうも妻に似てきてしまったらしい。

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2010年2月10日 (水)

弱さの告白が人を生かす

リュウマチの後遺症で重度な障害を持っている友からメールが入った。このブログを読んでいます、という題だったが記事への感想はなくて、ご自分の困難な様子を伝えるものだった。
だが、かえってそれが私にはよい励みになった。
この友は障害を持つ者にとって生きにくい現在の状況に直面しても、自分の過去に比べれば社会は少しずつ望ましい方向に進んでいる、と希望を未来につなぐ言葉をいつも発信している人である。
その友が今朝は雪深い地で、介護者に助けられてペインクリニックに行った様子を書いてきたのだが、そのクリニックは階段があって入るにも苦労するし、ご自分は後頭部、首、背中、腰、こめかみなど10数か所に注射して痛みを止め、筋肉の硬直を和らげているという。
お互いつらさを抱えて生きている。そのことが確認できて今日のメールは嬉しいものになった。

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2010年2月 8日 (月)

月曜の朝

月曜の朝は忙しい。厳密には第一月曜の朝と言わねばならないのだが・・・・。
それは第一日曜には教会で役員会があるからである。書記の私はその整理を月曜の朝いっぱいを使ってするのである。なかなか厳しくて先月の記録がまた昨日の役員会で訂正を迫られてしまった。
今朝も終わったのは昼を少し過ぎていた。注意を払ってまとめているつもりなのだが、また訂正箇所がでるかもしれない。
記録の整理を緊張してやるものだからこれが終わるともう集中して行う作業はできない。しばらく「こころの便り」の更新をしていないのでエッセイも書きたいが手を付けられないでいる。「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」(マタイによる福音書6章34節)を自分の生活にひきつけて書きたいのだ。
今日は結局午後はマッサージが終わってから地方競馬を見て、その後は句集表紙作りで終わった。
もう少しゆっくりした時間が欲しい。

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2010年2月 6日 (土)

よい質問

今日は「よい質問ですね」という言葉を2度聞いた。最初は宗教番組で牧師が進行役の女性に言っていたし、2度めは「週間子供ニュース」でお父さん役のアナウンサーが子供に対して、そう言って褒めていたのだ。
両者とも自分の説明を進める上で、話の内容に沿った的確な問いですよ、と言いたかったのだろう。
この言葉は授業でも同じような場面で教師が使いがちである。
ところが、こうした場面でのこの言葉は説明者や教師を中心にしたものでしかないと私は思うのである。
聞き手は話し手の思考に沿って思考しているとは限らない。だから疑問も多様であっていいはずである。そういう意味ではどんな質問もみな「いい」質問なのである。それなのに話し手の都合のよい質問だけを「いい質問」と価値付けると聞き手の自由な思考を制限することになるのである。先生についていけない子供は授業が楽しくなくなるだろう。

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2010年2月 4日 (木)

7年が経って

 私家本「呼応」が薬局の奥さんから帰ってきた。いつの間にか私の書くものを好んで読んでくださるようになっている奥さんなのだが、すぐ近くなのに宅急便で返してくださるのだ。そして、その荷の中に丁寧な手紙と一緒に必ず何かしらの品を収めて下さる。今日は上野村の味噌とゴマが入っていた。
 手紙には「『呼応』、感心しながら読ませていただきました。奥様の発病のご様子その他諸処、 いつも明るい方でしたのですこしもそのような様子をお見せにならないで何の気なしに接してしまいました事を今になって申し訳なく思って居ります」としたためられていた。
 改めてその箇所を読み直してみると、妻の最初の闘病の様子とその後のことがほうふつとしてきた。
 ちょうど7年前の昨日、2月3日、この日妻の肺に異常が見つかったのだった。やがてそれが肺腺癌であることが分かり3月5日の手術へと向かう。
 あれから7年。その後2回癌に侵され今は神の元にある。
 振り返るとこの7年、3回の治療にかかわり、生活を共にし、妻を見送り、自分の生活を形作り、多くの門を潜り抜けて来たものだ。

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2010年2月 2日 (火)

皆苦しんでいる PPS

「ポリオの会」という全国組織の会がある。ポリオの後遺症に悩む人たちが中心の、情報交換、体験紹介、新生活開拓を目的にした会である。
先日この会に入会したところ「ポリオの会ニュース」が送られてきた。そこには私が直面している困難に、同じように遭遇している多くの人の生活が紹介されていた。
腕力の低下、それに起因するベッドへの移乗、便座に座る、風呂に入る、電動車椅子への移乗の困難、全身の疲労、座位保持の難しさなどである。長年己に鞭打ってがんばってきた付けが高齢期になって顕在化したのである。
仲間たちは福祉機器の利用、人的資源の活用、生活の修正などでこれに対応している。
私も入浴後寝巻きを着るのに20分を要する状態になった。体の向きを変えること一つにも腕の痛み、動作の緩慢さに向き合わねばならないのである。
だが、私も一人特殊な状況にあるのではないことを覚え、会の仲間と肩を並べてやっていくことにする。

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2010年2月 1日 (月)

雪が降っている

Img_0050_2 今日は寒い日だった。夕方からは雪になった。明日の通院は無理だろう。
ヒカちゃんはカメラを持ち出して空に向けてストロボをたいたらしい。写真には白い大小の塊がリズムを持って写っていた。
ヒカちゃんらしい作品である。

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