« 車椅子利用者に便利なATMを | トップページ | 雪が降っている »

2010年1月30日 (土)

主の慰め

孤独に陥ったとき、重荷を負っていると感じたとき、最近は主イエスのみ苦しみを思う。人に理解されないと感じるときも主は私のそれに比べて、いや比較できない極限の苦しみを負ったことを思うのだ。人から捨てられ、死に至るまでのみ苦しみをイエスは孤独のうちに負ったのである。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と十字架の上で叫んだイエス。
この死は私たちを愛するが故の死であった。
だから私はそのイエスを仰ぐとき、主は私のすべてを愛し、知りたもうことを確信する。これぞ主の慰めである。

|

« 車椅子利用者に便利なATMを | トップページ | 雪が降っている »

「信仰」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 車椅子利用者に便利なATMを | トップページ | 雪が降っている »