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2009年12月 4日 (金)

出さなかった手紙

夜は感情が素直に出る。手紙も夜書いたものは素直である。それだけに翌日になって読み返すと投函することをためらう。
癌で入院しているTZさんに書いた手紙もその一つだった。
 
「TZさん、その後如何ですか。
今日は三ヶ月ぶりで祈りの会に出ました。そして先生とSYさんと三人でTZさんが癒されるようにと祈りました。付き添われている奥様を支えてくださいと祈りました。
 友病みて容態知れず寒雀
先日私が作った句です。貴兄がどうなっているのだろうと心から心配しています。
妻の病気に長い間関わってきた私は治療について、病む人の生活についてもそれなりにいろいろ考え、また知っていることもあります。
こんな私でよかったらどうぞ悩んでおられることや治療のことの知識を使ってください。
今思うと、病を治すことが妻の生活を取り戻すことだと疑わず、そのことに夢中でした。「治療」が身心を弱めていたという気もします。(これは今だから言えることで、最善のことをしたという思いには変わりありません)
全人的な対応は医師にとっても難しいことかもしれませんが、TZさんがあのやさしいTZさんのままで治療がすすむことを祈っています。
勇気をもって進んでください。」
  
私は何でも近くの人に打ち明ける性質であるから「詳しいことは話すな」と奥さんに命じているTZさんの様子が気になって仕方ないのだが、人によってはこうして秘めていることが自分に素直な人もいるのだろうと思うと、手紙は出さないほうがいいのか知らんと判断した次第である。

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