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2009年11月

2009年11月30日 (月)

今月の俳句

縮まりし手を見つめをり冬の朝
小さき手をじっと見詰める冬の朝
しべ布団藁音楽し冬の夜
しべ布団草の匂いの温かき
静かさや冬の原野に降り居たる
杉の戸や彩なる菊の咲き誇り
独り住む家や彩なる菊光る
友病みて容態知れず寒雀
数学を教えて孫と真夜炬燵
萎えし足さする母の手炬燵中
枯木立老人一人クラブ振る
下着換え半時過ぎる冬日かな
冬の野や鉄塔確と建ちにけり

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2009年11月29日 (日)

教会 わが家

4週ぶりに礼拝に出席した。なんと懐かしい礼拝だったことだろう。会堂の空気がしっとりとまとわりつき、暖かだった。いつも礼拝に参加していると分からなくなってしまうのだが、こうしてしばらくぶりに席に着くと、我が家に帰った落ち着いた心持になって会堂を受け止めることができる。
今日は献金の祈りを捧げる奉仕当番に当たっていたが、祈りも「作る」ことなく主に捧げることが出来た。
それを思うと入院中のTGさんが気の毒である。詳細な経過を聞くことが出来ないので声掛けもできない。妻の治療経過を思うといろいろ参考になるであろう情報を提供したいがまだ控えておこう。

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2009年11月28日 (土)

教師の自由

東京都の教員採用試験に応募する人が少なく、これでは優秀な教員の確保が難しいのではないかと当事者が困っているという。それに比して秋田県などでは競争倍率が高いのだそうだ。
そこで東京都では秋田県の教員採用試験で一時審査をパスしていれば都の試験ではそこを免除するという恩典まで付して秋田県から教員希望者を呼び寄せようとしていると朝のニュースは報じていた。
なぜ都の教員希望者が少ないのか。理由は分からないが、都教委の管理強化も関係しているかもしれない。また3月になると卒業式での起立、君が代斉唱、席順などをめぐって良心的な教師は悩まなくてはならないが、そんなことで神経をすり減らす教育現場には誰も入っていきたくないだろう。
  
今日も職場時代に子供たちと作った文芸雑誌の整理をしたのだが、自由な空気があったからこそよい作品がたくさん書かれたのだとつくづく感じた次第である。

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2009年11月26日 (木)

車椅子で床屋さんへ

初冬のよい日だった。真っ青な空で風もなく暖かな日だった。
車椅子になって初めて床屋さんに行った。今までは杖で歩いて店内に入ったのだが、それが出来なくなってからは行ったことがなかったのだ。
  
歩けなくなってからは教会のIRさんが電動の散髪道具をかばんに詰めてきてくれて長い時間をかけて私の髪を切ってくれていた。そのIRさんの奥さんが最近目を悪くし、今手術を受けて安静にしている。IRさんは奥さんに頭が上がらない方だからそんな奥さんを置いて私の散髪をしに来ることは出来ない。いや、元気なときでも私の家に来るのは奥さんが家を留守にするときだけだった。
  
床屋には鏡はあってもその前に椅子がない場所が用意されていた。車椅子をその席につけて散髪は20分もかからないですぐに終わった。仕上がり具合を確認するために手持ち鏡で後ろを映してくれたのだが、白髪の塊が葱の白さにも似て鮮やかだった。

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2009年11月25日 (水)

性格

「やっぱりよかっよ」そう言ってヒカちゃんが帰ってきた。
さっきノートを買いに出かけたのだつた。
「百円じゃなくて百十円だつたよ」
朝出掛けに母親が百円を置いて行ったのだが心配で「じいちゃん、余ったら返すから百円ちょうだい」と百円足して行ったのだ。
ヒカちゃんはこんな性格の子である。
手の中のおつりをテーブルの上に置こうとするヒカちゃんに「いいよ、上げる」と言うとヒカちゃん嬉しそうな顔で出て行った。

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2009年11月24日 (火)

夕べの祈り

主なる神様
今日1日のお守りに感謝します。
病院への往復、CT検査、長く続いた微熱、これらの不安から解き放たれ今落ち着いた心でベッドの上で祈りをあなた向けて捧げられる幸いを与えられました。
ありがとうございました。
今も悩み、苦しみの中にある友になぐさめをお与えください。
主御名によって祈ります。

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2009年11月23日 (月)

小春日

朝からよい日である。小春日和。
教会のバザーもにぎわったことだろう。
だが、私の体だけはなんとも頼りない。朝には7度4分の熱があった。相変わらずのこの熱をどう考えたらいいのだろう。
孫たちは美容院に行く者、サッカー試合に興ずる者とそれぞれ秋の日を楽しんでいた。

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2009年11月21日 (土)

もう大丈夫かな?

Img_1304 半月ほど続いた微熱が昨日今日と出なくなった。先日は8度を超えて、9度近くなったので5年前のように入院しなくてはならないかと心配したが、診察を受けに行って4種類の薬をもらって飲んでいたらなんだか落ち着いてきたようである。
とは言っても薬の効果かどうかははっきりしない。息子の言うには水分不足のせいだろうとのこと。そうかも知れない。
とにかくこの23日は安静にしていようと思う。教会では明後日バザーがあるのだが今回は準備に関わることを免除してもらおうと決めた。
体が落ち着くと周囲にも目が届く。夕方、西日が入ってきている様子を写真にとってみた。

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2009年11月19日 (木)

中学生と俳句遊び

勤めをしていた日々は気苦労もあった反面喜びも大きかったとつくづく思う。仕事の中から生まれる喜びを具体的なことを通して実感していたのである。
  
数日前から古い資料を整理しているのだが、その中に生徒が作った俳句を私が一冊の句集にまとめた冊子があった。それを眺めていると在職時代、生徒と俳句を楽しんでいた私の姿が彷彿としてくる。喜んで作業をしていた自分が見えてくるのだった。
そんな過去の私をいたずらに懐かしんでも意味ないのだが、一方で事実は事実として残しておきたいという願いから昨日は「中学生と俳句遊び」と題して小品をまとめてみた。
下記のアドレスからご覧いただけたら幸いである。

http://homepage3.nifty.com/bridge2/372.html

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2009年11月17日 (火)

早暁の不安

明け方胸の苦しみで目覚む。呼吸停止するやと不安大なり。家族起こし援助求めんか?
妻既に逝きせば我従うもよし、否多くの友ある身、さはよからずと覚ゆ。
種々試みて我が心落ちつかせ寝入る。
起床し息子と病院に向かう。心電図、血液検査、レントゲン検査、いずれも異常所見なし。
一人身の疲れ、ここに出しか?
帰りて長き午睡。
ベッドにて携帯を用いこれを記す。

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2009年11月16日 (月)

よい思い出

午後になっても今日は平熱でいられる。パソコンに向かう気にもなれてうれしい。
 
先日から在職時代の資料の整理を始めた。その中に正人君が詠んだ俳句をまとめた句集があった。わたしは生徒たちに書くことの楽しさを知ってもらいたくて生徒が自由に投稿できる月間文芸誌を発行していたのだが、正人君は投句の常連客だった。三年生になると毎日一句は作って持ってくるという熱心さだった。
私はいっぱいたまった彼の俳句を見ているうちに句集を編んで卒業祝いにしたくなった。
先日資料棚から出てきた古い句集は表紙がなかったがひょうきん者の中学生正人君の姿を思い出すには十分なものだった。
近いうちに小生のホームページにこの句集を紹介できると思う。

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2009年11月15日 (日)

熱ありて

初冬の明るい光がカーテンに当たっている。教会では礼拝が終わったところだろう。
体温が6度代後半から7度6分の間を上下して定まらない。医師も診断に困ってとりあえず抗生剤を出してくれた。
明日、総合病院に行ってみようかとも思うが、ここでも確定は難しいだろう。
不安定な時間を過ごすのは心配なものだ。

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2009年11月12日 (木)

溜飲を下げる

 先日の朝日新聞「朝日広告特集」欄に「『がんと仲良く暮らす』ってどういうこと?」と題して二人の医師の対談が載っていた。その一人、癌究有明病院緩和ケア科部長向山雄人氏がこんなことを言っていた。

 「がんによって起こる障害には器質的障害と機能的障害の二つがあります。(その一つの)機能的障害とは、がん細胞・組織から分泌される物質などにより、体内で慢性炎症、脳神経・内分泌・代謝・免疫異常を起こし、体が衰弱するだけでなく、精神的にも消耗してしまう状態をいいます。」

 「体重の減少、主に全身の筋肉の萎しゅくが起こると、患者さんの体力が奪われ続けるとともに、生活の質(QOL)を維持することが難しくなります。同時に、抗がん剤などを分解する酵素の働きが弱くなって、抗がん剤の副作用が強く出たり、治療を続けられなくなったりすることもあります。」

 私は妻の闘病の日々を思い出し、この話はそっくり妻の様子を言いえていると納得した。妻には機能障害が明らかに起こっていたのだ。食欲がなくなり、周囲のものとの交流が乏しくなり、イレッサも利かず、体がどんどん弱っていった妻。周囲のものの懸命な励ましも、もしかしたら妻には届かず、かえって迷惑だったかもしれないとも今に思う。妻は私が理解していない別の世界を生きて、そして旅立っていったのだろう。

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2009年11月11日 (水)

計画の実現

イエスが十字架上で最後のぶどう酒を受けとった時「成し遂げられた」とおっしゃたという。また、足が折られなかったことも聖書の言葉が実現するためだったと聖書にはある。
人間には絶望と見えることが神の計画の実現であることを覚えたい。

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2009年11月10日 (火)

休息をありがとう

ひなりんごさん、コメントありがとうございます。見ず知らずの方からこうしてご心配をいただくなんて世の中大きく変わりましたね。うれしいです。
昨日は一日ベッドにいました。昼過ぎには近くの町に住む姉が新米をもって来てくれました。ベッドの脇においてあった車椅子に座ってもらってしばらく肉親の温かい思いやりに接することが出来ました。
一日横になっていたお蔭でむくんでいた足が細くなり、しわも出るまでに回復しました。いつも車椅子に座って一生懸命に生活する身ですが、こうして少し体調を壊したお蔭で休息を得て、たまった疲れが抜けていくようです。
休む必要は頭では分かっていてもなかなか取れないのです。今回は家族も休んでいますので、ラッキーでした。(ついでにお知らせすれば中1の孫、ハルちゃんは新型インフルエンザでした。もう熱も下がって心配ないようです。姉がインフルエンザになったので妹のヒカちゃんも登校禁止です。)
いずれこのブログを冊子にしますがコメントは印刷されませんので、ひなりんごさんの言葉をここに載せさせてください。
「お久し振りですhappy01新型インフルエンザではなくてよかったです。しかしただの風邪でも…こじらせると大事です。お大事になさってくださいませpaper

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2009年11月 9日 (月)

風邪をひいたよ

カコ、風邪をひいて今、ベッドから携帯で書いているよ。
新型のインフルエンザかと心配したけど熱は7度を越えないし嘔吐や下痢もないからしばらく様子を見ることにした。
朝ご飯はおじやを食べたんだ。
今日はハルも熱を出して、こっちは8度代で昨夜病院に行ったのだけど、ママが休んでいるから気強いんだが、僕一人の場合は気兼ねしちゃう。
でも世の中には一人暮らしの方も多いだろうからその人達は困るだろうね。
天国には風邪なんてないよね。
今日はゆっくり休むとするさ。

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2009年11月 6日 (金)

体への気づき

10年以上も資料棚に置きっぱなしになっているものがたくさんある。そろそろ整理しようと、先日から廃棄を始めた。教育実習生の書いた実習日記、知的障害を持つ生徒の国語指導の記録、担任した生徒のメモ、生徒と「中学文芸」と名づけて毎月作った文芸冊子、まだまだ他にもたくさんある。
その中に私が教師生活に行き詰ったとき出会ったニュー・カウンセリングに関するものも多数ある。また、このカウンセリングを実践の場に取り入れて行った授業記録も混じって残っていた。
生徒は喜んでこの実習をしたのだが残念なことにほとんどその記録はなくなって、2例だけが出てきたのだった。
今日はそれを雑駁な文章ではあるがまとめてみた。下記のアドレスからご覧いただけたらありがたい。

http://homepage3.nifty.com/bridge2/371.html

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2009年11月 5日 (木)

妻の眼鏡

Glass 妻は目が不自由だった。これは小さいころからで、結婚した当時は強度の近視補正用の眼鏡を使用していた。大げさに言えばすり鉢で原型を取ったような眼鏡だった。
だが妻の目は眼鏡で補正されるようなものではなかった。昭和62年には障害手帳を得るようになったのだが、そこには「網膜結膜萎縮 右0.02 左0.05」と書かれている。障害等級は3級であった。私はついに彼女の目の障害を実感を持って理解できずにしまったのだが、いつも言っていたことは、視野の正面が見えない、物がゆがんで見える、ということだ。それでも包丁を器用に使って炊事場に立ち続け、自転車で買い物をしたのだからますます理解しがたいのだった。眼鏡の中にはサングラスと同様な色つきのものもあった。強い光を受けると視神経をより傷めるとの医師の指示によって作ったものだった。
こんな彼女だから、視力を出すための器具をたくさん持っていた。オペラグラスは旅行には欠かさなかったし、駅で料金表を見るための単眼鏡も持ち歩いていた。
そんな工夫をして生きたのだが、誤解される気の毒な面もあった。人とすれ違ってもその人の認識ができない。だからその人を無視するようにみえたり、軽視しているようにとられたのだった。私も相手が挨拶するのに何も返さない妻と共にいて、引け目を感じたものだった。

家の引き出しを開けると拡大鏡もたくさん出てくる。
妻が身元から去って、上記のものが皆家には残された。拡大読書機だけは長男が同じ障害を持つ人の元へ持っていったが、眼鏡は引き出を開ける度に私の目をひきつける。
もうこれらも処分しようか。

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2009年11月 4日 (水)

カコ、今晩は

昨日、一昨日とすごく寒かったんだけど、今日は少し暖かくなってね、いろいろのところに行ってきたよ。
いつも君が診察券や料金を出してくれて、僕は注射をしてもらうだけだったインフルエンザの予防接種だけど、K医院に電話で聞いたら、明日になるとワクチンがなくなってしまうかもしれないということで、11時過ぎに行ったんだ。ところがね、駐車場はいっぱいで、道まで車が止っている有様さ。僕はすぐに予定を変えて、Tさんのお見舞いに行くことにした。面会時間は1時だろうから、早すぎるんだけど、どこかで時間を費やそうと決めて病院に向かった。
途中、新幹線駅がどうなっているかと思って、遠回りすると、駅前の開発ですごい変わりようさ。君が天に行ってしまってから目的地以外はどこも行かないようになって、世の中の変化に疎くなっていたことを実感したよ。
時間つぶしに総合公園に向かった。驚いたことにね、寒桜が満開だった。小さな白い花を開いて、かすかに風に揺れてね。青空をバックに綺麗だったよ。あの公園に寒桜があるなんてカコも知らなかったろう。一緒に見たかったね。
その後、もういいだろうとH総合病院に行った。Tさんが重篤な貧血で緊急入院したんだ。Tさん夫妻は君の入院の度にいつもお花を持って見舞ってくれたから、直ぐにも行きたかった。
H病院は行ってわかったんだけど2時から面会が許されるんだった。困ったね。でもね、看護師に頼んで面会室にTさんに来ていただいてしばらくの間話してきた。入院して5日目だけど、まだ診断も出来ていないし、もちろん治療方針も決まっていないんだってさ。Tさんもそんな病院の態度を受け入れているみたいで来週の医師の話を待っていた。僕ならもう少し医師に迫るところだが人それぞれ違うんだね。それでいて、胃の手術をするようなことを医師は匂わせているというんだからますますわからないね。
Tさんはいつもの柔和な顔で応対してくれたんだが、いい人だな。
病院で、おにぎりを一個買って、車の中で食べ、その後Kさんが入院しているA病院に今度は行ってきた。Kさんは教会の人は誰も来ないとか奥さんもあまり来ないと言っていた。すっかり体がやせて、精神的にも弱っているようだった。年をとってから病気になると支えてくれる人もなく寂しいね。その点、君はどうだった、多くの人がいつもそばにいてくれて幸いだっただろう?
もう疲れたからパソコン止めるけど、最後にK医院で予防接収をしてきたよ。混雑は朝と同じで、玄関から車椅子で出られないから、病室を通って裏通路から看護師さんが案内してくれる始末さ。
こうして今日も無事過ごせたことを報告するね。ああ、そうそう、TUの誕生日なので、おめでとうとメールして、そこに3日の深夜、霧の中おかあちゃんを分院に送っていったことを思い出すよ、と付け足したんだ。君のおかげでTUも生を受けて、家族を持って、今、生きているんだ。ありがとうさん。

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2009年11月 2日 (月)

永眠者記念礼拝

妻眠る墓や献花の百合の香
 
昨日は永眠者記念礼拝が神に献げられた。礼拝堂には教会墓地に眠る関係者の遺族がしばらくぶりに見えていた。
我が家でも家族が全員参加した。あまり期待はしていなかったのだが、教会で用意した案内を見せておいたのに応えてくれたのだ。こうして妻が生きた信仰の場に家族が連なってくれることは私のこころを温かくするのに十分だった。
会堂には先日召されたY姉の遺骨と写真が前面に置かれていた。この機会に納骨式を執り行うからである。私は用意した妻の写真、それは玄関先で撮った帽子を被った元気な姿だったが、それをY姉の脇に置かせてもらった。
  
礼拝後秋にしては暖かな墓地で納骨がなされた。妻の入った壷を覗き見ることはひかえたが、納骨堂の蓋が開けられている墓を懐かしい思いを持って私は見ていた。やがて蓋が閉じられ、そして献花が始まった。会員が持ち寄った花がいっぱいになって墓を飾った。百合の香が豊かだった。

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