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2009年10月22日 (木)

主にある交わり

遠方から友が訪ねてくださった。高速道路から電話し、降りてからまたその近くの花屋さんに道を尋ね、親切にも花屋さんが電話口に出て我が家を確認しての到着であった。
  
この友Kさんは長い間主に仕え、小さな伝道所を開き、終わりには大きな教会にまで伝道を広げたのだが、肝臓治療のインターフェロンがきつく、牧師の職を引退した方である。
今日来てくださるというので私は健康状態をまず確認したいと願ったのだった。
  
Kさんは予定より二時間近く遅く来られた。以前と同じで、顔つやは黒ずんで、頬は骨ばっていたが元気そうだった。聞くと、二週間に一度のインターフェロン注射をしているが、そしてその二三日は体がきついが、肝臓のデータも落ち着いているとのこと。
私はそれを聞き安堵した。
 
二時間ほど二人はお互いの近況を語り合った。一人娘のYさんが精神的な重荷を抱えて仕事を代えつつ歩んでいること、そして先日婚約者ができたこと。私に会うことを長い間切望していてくださったこと。一緒に過ごしたT教会で私の子供たちが妻に世話を受けている様子を鮮明に覚えていること。どこか恥じらいとも照れとも言えない表情を見せながら彼は誠実にこれらを語った。
 
別れ際、Kさんは今日の交わりを心から感謝して祈りを捧げた。妻を覚えて祈るとき、途中涙声になったときには私の中にもこみ上げるものがあった。
最後、こちらから手を出して握手して、お礼を言ったのだが、温かく柔らかな手は私の手を強く握り返すことをしなかった。Kさんの控えめな性格はここにも見えている、そう感じながら私はいつまでもその手を放さなかった。
 

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