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2009年10月14日 (水)

天に召されるときのために

教会では召天の際の葬儀等についてあらかじめ会員の意向を届けておいてもらうことにしている。そこには愛唱聖句、愛唱賛美歌の欄があるのはもちろん、教会で葬儀を行うことを希望するか、共同納骨堂の利用を望んでいるか等々の届出項目が設定されている。
私もこの確認書をいただいていたのだが、長い間かばんの中にいれたままで未記入だった。だが、妻が先立ち、先日は中学時代の親友が召されてようやく私もほっておくことができなくなり、先日すべての項目を埋めたのだった。
  
書き終えたものを教会に提出する前にコピーを取った。そして長男に見せ、寝室の一番下の引き出しに入れておくからね、と告げた。そのとき、おかあちゃんのときの参列者名簿なども一緒に入れてある旨も伝えた。
妻が召されたときは私が指揮を執ったからいいが私の時には子供たちが戸惑うだろう、そんなことのないように準備し、伝えることは伝えておかねばならない。
教会に提出したのを機に召天時の連絡先一覧を今朝は作成し、これも引き出しに収めた。その一覧の下段にこう付け加えた。
「私は多くの方々に支えられ、交わりをいただき生きてきました。それゆえ、その多くの方々に感謝してお別れの時を持っていただきたいと望んでいます。
上記の方々以外にもお気づきの方がいましたら連絡してください。」
  
私の記入した愛唱賛美歌に一節にはこうある。
「思えば過ぎにし すべての日々 苦しみ悩みも またみ恵み」

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