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2009年10月

2009年10月31日 (土)

期待

今、午前5時30分。5時に目覚めてもう寝られそうもない。外はまだ暗いだろう。サッシが入って、雨戸が閉まった部屋では中原中也が詠んだように、「天井に 朱きいろいで 戸の隙を 洩れ入る光、鄙びたる 軍楽の憶ひ 手にてなす なにごともなし。
小鳥らの うたはきこえず 空は今日 はなだ色らし」と、夜の明け行く様子をうかがい知ることもできない。
昨夜灯りを落として寝入ろうとしていると廊下を走る音と共にドアが開いた。部屋が暗いのでまたすぐに閉じられてヒカちゃんは去って行ったのだが、あれはなんだったのだろう。あの勢いは何か嬉しい知らせを持ってきたに違いないのだ。今朝はその期待を持ってもう少しの時間をベッドの中で過ごしそう。
一人ではない生活にはこんな思いがけない出来事も飛び込んでくる。

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2009年10月29日 (木)

ああ、落ちる!

 買い物に出るときには電動車椅子を使う。常時家で使用しているものとは違う車椅子だ。
 先日、玄関で電動に乗り換えようとした。手動式の車椅子をなるべく近くに寄せ、手の力で腰を持ち上げ、電動式の座面にお尻を移さねばならない。この日もこの方程式にのっとって行動を起こしたのだが、尻が十分に移動しなかった。半分の尻が空間に残ってしまった。すると足が床で徐々に滑り出した。これはまずい、そう感じたがもう止めようがなかった。
 こうなったら気持ちを切り替えねばならない。うまく落ちることである。足をひねって捻挫したり、体のどこかを打たないように安全に落ちよう。
 ゆっくりと見事に体は着地した。
 従来ならこのままで一日を過ごさねばならなかっただろう。自力では車椅子に乗れないのだから。だが、現在はそんな心配はない。
 私はお尻を床の上で滑らせた。両手で床を押し、床の清掃をするように進んで行ったのだ。行く先は脱衣場にあるスタンディングチェアであった。そこまで行けばチェアで体を高くすることが出来るのだ。目的は車椅子に乗ることだから、床を進みながらも手動車椅子を引きずっていくことも同時に行っていた。
 こうして、車椅子に乗って、今度は電動車椅子への移乗を無事に終了した。「一仕事が終わったなぁ」、苦笑して私は玄関から明るい外に出た。

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2009年10月28日 (水)

寂しいぞ

野球のない夜は見るテレビもない。昼間の疲れで、本を読む気にもなれない。そうすると残されているのは風呂に入って寝るだけである。
このところ風呂に入るのもまた一苦労である。衣服の着脱に多くの時間を要するようになってしまったからだ。シャツはまだいいのだが、ズボンやパンツを脱ぐには体を右に左に何度も体重移動をしないといけくなってしまった。以前と何が変わったのだろうと思いつつ、長い時間をかけてやっている。
風呂からあがってベッドに入る。だが今日一日の出来事を振り返って、話す相手がいない。黙って、布団を掛け、天井を眺めるだけだ。昨日は近くのカインズホームでズボンを買ったのだが、ズボンにまつわることをつれづれ話すこともなく一日が終わる。
談笑という言葉があるが、人はたわいないことで談笑することがエネルギーの補給や身心のくつろぎには必要であることを痛感する。
それが出来ず、大声で「寂しいぞ」と叫びたい心境である。

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2009年10月26日 (月)

障害を持つ人の人権

介護保険を受けているとケアマネージャーの訪問を時々受ける。
先日も訪問を受けた。ケアマネの女性は明るい方で、てきぱきと私の様子を聞いた。その質問の中で私が気になったのが「家の方に相談していますか」という項目である。困ったことがあったら家族に相談できるかどうかを質す質問項目がどうやらあるらしい。
この質問の前提には介護保険を受けている人は他人に助けられ、依存し、助けを求める立場にある者という理解があるように思う。確かにそういう人が多いかもしれない。
しかし、諸動作は出来なくとも、家では精神的には中心的存在である場合もあるだろう。相談する立場ではなく、相談される側にある人もいるのだ。
こうした質問項目を生み出す雰囲気は福祉の現場にはびこっていないだろうか。
今利用しているデーサービスでは毎回サービスごとに手帳にその日のサービス内容を書き込んでくれる。帰ったら家族に見てもらうためである。利用料の支払いでお釣りがあるときには紙にくるんで「おつり」と書いてくれるまでの丁寧さである。
以上のような環境を黙認しているとその中でぬくぬくしていられるのだが、なぜか自分の一部が溶けて行くような感覚に陥らないでもない。

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2009年10月25日 (日)

礼拝の祈り

 御在天の父なる神様。過ぐる一週間の恵みとお守りをこころから感謝いたします。私たちはあなたの恵みと守りの元に種々なる迷い、悩みを捨て去って日々を送ってまいりました。そしてこうしてあなたの定めたこの聖日、再び教会に招かれました。
 どうぞあなたに感謝してこの礼拝をお捧げ出来ますように、私たちの体とこころとを調えてください。
 神様、私たち一人ひとりはあなたによって選ばれ、あなたの子供として迎えられています。私たちはあなたに祈るとき「天にまします我らの父よ」と祈ります。「我らの日用の糧を今日も与えたまえ」と祈ります。
 そのようにあなたに召されていながら私たちは兄弟のことを、姉妹のことを十分に知りません。自分の弱さ、悩みを友に対して開いていません。
 兄弟や姉妹の困難にも悲しみにも、共に課題を負い、涙を流せない私であることを知っています。
 また、あなたに群れとして召されていながら、この本庄の地で人々のために働いていないことを知っています。

 神様、教会は今、あなたに捧げる礼拝、兄弟姉妹としての交わり、地域への伝道などについて共に考える時をもっています。どうぞ私たちを導き、誠なる兄弟姉妹とし、「我ら」と声をそろえてあなたに祈る教会にならせてください。
 その兄弟姉妹の中には今朝もまたこの礼拝に集えない方々がいます。そのお一人お一人の祈りをどうぞ聞き上げてください、力と慰めをおあたえください。
 最後にあなたの御心を取り次ぐ飯野牧師のために祈ります。どうぞ聖霊をお与えください。
 これらの願い感謝を再来なさる主イエス・キリストのお名前によって御前にお捧げいたします。 アーメン

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2009年10月24日 (土)

木に触れる

千葉大学の女性が殺された。まだ21歳だという。悲しいことだ。
この女性は園芸学部で尊い学びをしていた。新聞によると木に触れることが人に与える影響を研究する「環境健康学」を研究していたのだ。こんな学問があるとは知らなかった。どんな内容なのか詳細はわからないが、現代人にとってこうした学問はもっともっと知られる必要があるだろう。
わたしはかつて学校で木に触れることを子供たちと体験したことがある。目を閉じて、無心になって木に触れさせてもらうと、木はいろいろと応えてくれる。私の小ささを教えてくれることもある。
寒い風の日、木はかさかさの肌で耐えているし、日が当たる面はわずかに暖かい。
耳を付けると木の中を流れる水の音まで聞こえる気がする。木と話をするのも楽しいことだ。木は話しかけると答えてくれるのである。
目を閉じて林の中を歩き、出会った木を抱き、さすり、交流したのちそこを離れ、今触った木を当てるのも面白い。
環境健康学なる学問が広く人の間に広がり、人間に人間性を取り戻させてほしい。その意味でも若い学生の死は残念である。

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2009年10月22日 (木)

主にある交わり

遠方から友が訪ねてくださった。高速道路から電話し、降りてからまたその近くの花屋さんに道を尋ね、親切にも花屋さんが電話口に出て我が家を確認しての到着であった。
  
この友Kさんは長い間主に仕え、小さな伝道所を開き、終わりには大きな教会にまで伝道を広げたのだが、肝臓治療のインターフェロンがきつく、牧師の職を引退した方である。
今日来てくださるというので私は健康状態をまず確認したいと願ったのだった。
  
Kさんは予定より二時間近く遅く来られた。以前と同じで、顔つやは黒ずんで、頬は骨ばっていたが元気そうだった。聞くと、二週間に一度のインターフェロン注射をしているが、そしてその二三日は体がきついが、肝臓のデータも落ち着いているとのこと。
私はそれを聞き安堵した。
 
二時間ほど二人はお互いの近況を語り合った。一人娘のYさんが精神的な重荷を抱えて仕事を代えつつ歩んでいること、そして先日婚約者ができたこと。私に会うことを長い間切望していてくださったこと。一緒に過ごしたT教会で私の子供たちが妻に世話を受けている様子を鮮明に覚えていること。どこか恥じらいとも照れとも言えない表情を見せながら彼は誠実にこれらを語った。
 
別れ際、Kさんは今日の交わりを心から感謝して祈りを捧げた。妻を覚えて祈るとき、途中涙声になったときには私の中にもこみ上げるものがあった。
最後、こちらから手を出して握手して、お礼を言ったのだが、温かく柔らかな手は私の手を強く握り返すことをしなかった。Kさんの控えめな性格はここにも見えている、そう感じながら私はいつまでもその手を放さなかった。
 

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2009年10月19日 (月)

「こころの便り」を更新

 朝から穏やかな日である。今日は月曜日。朝日新聞では俳壇・歌壇が掲載される日でもある。
  
 一人朝食を取っていると、朝日を浴びて急須が光っている。
  朝日浴び急須の光る初冬かな

 温かな日の中で一種の満足感を味わっているうち、俳壇の句を用いて小文をしたためたくなった。早速折り込み広告の裏に鉛筆で書き始める。
 
 思えば小生のホームページ「こころの便り」はここ二か月更新していない。そうだこれをアップしよう。こうしてしばらくぶりの更新がなされた。
 http://homepage3.nifty.com/bridge2/370.html

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2009年10月18日 (日)

今日の説教から

「16:17 すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。
16:18 わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。
16:19 わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」(マタイによる福音書から)
 
ペトロという呼び名はあざなだという。本名はシモン・バルヨナ。この弟子はイエスが十字架に付けられた時にイエスの元から逃げ去った。その前にはイエスが捕らえられたときに関わるのを嫌って、その男は知らない、と大祭司の前で否定している。
そんな弱さを持った人だったが、イエスはこのペトロの上に教会を建てるとおっしゃた。
人は皆弱いものだ。弱くていい。弱さを持ったままでイエスの召命に与る。私たちはそれに感謝し、主の御用に当たろう。

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2009年10月16日 (金)

大手企業の社会的責任 車椅子収納装置のこと

自動車のルーフに車椅子収納装置を取り付けてから何か月過ぎただろう。あれから病院行きも便利になったしパソコン用品も自由に買いに行けるようになった。教会で礼拝が終わって家に帰るにも以前はその時間に誰か家に待機していないといけなかったのだが、今は誰もいない家に帰ってもまったく問題がない。屋根の上から電動装置で車椅子を降ろし、独りで家に入れるからである。
こんなに便利なものなのだが、高額であることが難点だと以前この日記に記した覚えがる。ところが今度トヨタ自動車からこれと似た装置を装備した車が販売されるとのことだ。そしてその値段たるや90万円。唖然とする。大手メーカーなら小さな障害者用自動車改造企業よりも安価で提供できるであろうになんたることかとあきれる。

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2009年10月14日 (水)

天に召されるときのために

教会では召天の際の葬儀等についてあらかじめ会員の意向を届けておいてもらうことにしている。そこには愛唱聖句、愛唱賛美歌の欄があるのはもちろん、教会で葬儀を行うことを希望するか、共同納骨堂の利用を望んでいるか等々の届出項目が設定されている。
私もこの確認書をいただいていたのだが、長い間かばんの中にいれたままで未記入だった。だが、妻が先立ち、先日は中学時代の親友が召されてようやく私もほっておくことができなくなり、先日すべての項目を埋めたのだった。
  
書き終えたものを教会に提出する前にコピーを取った。そして長男に見せ、寝室の一番下の引き出しに入れておくからね、と告げた。そのとき、おかあちゃんのときの参列者名簿なども一緒に入れてある旨も伝えた。
妻が召されたときは私が指揮を執ったからいいが私の時には子供たちが戸惑うだろう、そんなことのないように準備し、伝えることは伝えておかねばならない。
教会に提出したのを機に召天時の連絡先一覧を今朝は作成し、これも引き出しに収めた。その一覧の下段にこう付け加えた。
「私は多くの方々に支えられ、交わりをいただき生きてきました。それゆえ、その多くの方々に感謝してお別れの時を持っていただきたいと望んでいます。
上記の方々以外にもお気づきの方がいましたら連絡してください。」
  
私の記入した愛唱賛美歌に一節にはこうある。
「思えば過ぎにし すべての日々 苦しみ悩みも またみ恵み」

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2009年10月11日 (日)

「奥離」という言葉

デイサービスではマシンを使った身体のトレーニングが終わるとベッドに横になってマッサージを受けたり、半身不随の後遺症の人などは低周波を受けたりする。
そのときベッドの割り振りをするのだが、先生の奥さんはいつも私に「Sさんは奥離にお願いします」と言う。一番奥のベッドという意味である。私はこの言葉をある種の郷愁に似た思いで聞きながら車椅子を走らせる。

私の生まれた家にも「奥離」があった。そこは掛け軸が下がり、文机や床の間がしつらえてあった。襖四枚には漢詩が行書体で書かれ、特別な部屋であることが子供にもわかった。だから大事な客人が来ればそこは接待をする部屋になった。農家だから養蚕をしたり、麦の収穫の時があってそのときは土間に面した部屋は飼育場や収納場所になっても奥離だけは畳が敷かれていたのだった。
現在の我が家はツーバイフォーの家で、価格を抑えるために飾り気を排した造りである。ここに来る前は公務員宿舎だったから、部屋は空間を粗末なベニヤで仕切った程度のものだった。そんな家に長い間住んできた者にとって「奥離」はなんと多くの思い出を秘めた部屋だったことだろう。
デイサービスで聞く「奥離」は単に奥まった場所という意味なのだが、きっと奥さんの生い立ちには私に似た何かがあるに違いない。

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2009年10月 9日 (金)

君と話してから寝よう

もう少しで10月9日が終わるよ。この日のことを覚えている人は君と僕だけかもしれないね。
43回目の結婚記念日。君は天国に行ってしまってこのベッドの脇にはいないけれど、でも今日2人でこの日を迎えたのは事実だ。共に喜びあって、神に感謝して今日を明日に送ることにしよう。

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2009年10月 8日 (木)

「途中感」 太宰の作品から

大型の台風が昨夜来日本を襲ったが幸い大きな被害もなく過ぎそうである。我が家でも飛ばされそうなものは玄関に入れたが今はすっかり晴れて日差しが明るい。
お蔭で今朝は何度も夜中にテレビを見に起きたから寝不足気味である。
  
台風には関係ないが、昨夜のテレビで「私が愛した作家 太宰治」なる番組を放映していた。作家の角田光代さんが太宰の作品を紹介したのだ。
角田さんは太宰の作品には「途中感」があるという。「女学生」「待つ」などの作品にそれが見られるのだそうだ。
毎日の変哲もない出来事の中で、大人の疲弊した生き様に憂鬱になりながら、そして自分も同じ生活をしながら、しかし、そこで留まってしまわないで、先にありそうな無垢なものを求めている(角田さんがこう言ったわけではなく、私の勝手な表現なのだが)そんな女学生みたいな、あるいは誰も降りては来ないのだが、駅に行っては毎日誰かを待っているような心、そんなものが太宰作品にはあって好きだと言うのだった。
「途中感」、なるほど、私の中にもどこかにありそうだ。その心で毎日が保たれているのかもしれない、そう思ってこの記事が書きたくなった。」

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2009年10月 7日 (水)

釜抱え集う仲間や秋句会

Sさんが釜を抱えてやってきた。ご飯を炊くのが間に合わなかったのだと言う。もう米は研いであって、ただコンセントにさせばよかった。
そうして定例の句会は始まった。台風が本土を狙っているという天候の中、4人の句を選句し、合評しながら会は賑やかに進んだ。
そこでの高得点句。
 
切られてもなを色褪せぬ唐辛子   いく
捨扇夫と向き合い茶をすする    ひさい
朝日差し部屋温もりし初冬かな   悠歩
信濃路の軒より高き蕎麦の花    洋子
  
秋の灯や孫とパズルで遊びけり   いく
秋灯や折込紙で箱一つ        ひさい
秋灯下家族それぞれ時過ごす    悠歩
秋の灯やつくろい好む喜寿の姉   洋子
  
句会果てし後は食事会。コシヒカリは釜の中でいっそうおいしくなり、おかずを必要としない味であった。他に、茗荷、南瓜などのてんぷら、和え物、漬物が並び、ご婦人の闊達な声が交差して、一時が過ぎていった。

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2009年10月 5日 (月)

最近は・・・

Y姉妹の葬儀があった。こじんまりした落ち着いた見送りの儀であった。Y姉妹は1937年には女子聖学院本科を卒業とのこと。この年はわたしの誕生の年であるから、信仰の大先輩であったのだ。
葬儀から帰って友へのメールの返事にこう書き加えた。
「今、葬儀から帰りました。
若いときには結婚式に出ることが多くて、そこではいつも結婚の意味を確認させられ、自分自身のあり方を問われたものでしたが、最近は葬儀に出ることが増え、信仰生活を送れた幸いやキリストにある者の死の永遠性を教えられています。」

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2009年10月 4日 (日)

祈り

一人の姉妹が天に召された。長い病の後の召天だった。
今日は私が献金感謝の祈りを捧げる日。そのとき、私はこう祈った。
  
「御在天の主なる神様。今朝も兄弟姉妹と礼拝に招かれあなたの御言葉に与れましたことに感謝します。あなたはわたしたちをいつも食事の席に招いておられることを先生の言葉を通して知らされありがとうございます。わたしたちは自分の都合を優先し、あなたの招きを断り続けています。どうぞあなたの元に帰り、豊かに食事の席に連ならせてください。
  
今日はまた聖餐に連なることができました。わたしたちのために命を惜しまず捨てられた主の恵みをパンとブドウ液をいただきながら新たに知ることができ感謝します。
  
神様、今朝は悲しい知らせに接しました。長い間苦しみのうちに過ごされたY姉妹の痛みが天上においては喜びの日々に変えられますように祈ります。いつの日かの礼拝で教えられましたように、姉妹はちょうどマラソン走者がゴールに走りこむように、この世の日々を走り終えて、あなたの懐に凱旋したことを信じます。そして多くの先達たちが拍手をしてY姉妹を迎えたこともわたしたちは信仰によって知っています。
神様、姉妹を長きにわたって見守ったご家族のご苦労を恵みによって癒してください。
  
今捧げます献金を教会のためにお用い下さり、よい交わりのある教会が与えられますように。これらの祈りと感謝、主の御名によって祈り上げます。」

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2009年10月 1日 (木)

いつメン ふつメン

若い子の間に「いつメン、ふつメン」という言葉があるそうだ。「いつメン」とはいつも会っている親しい人、「ふつメン」とは普通の人という意味らしい。
女子高生が数人集まっているところで、アナウンサーが「いつメンの挨拶やってみて」と注文を出すと、二人の女の子が数メートルの距離にいったん別れ、駆け寄って抱擁した。「ふつメン」の様子は見られなかったが多分何の感情も示さないで近づくのだろう。
  
私はニューカウンセリングを何回も体験した。ここでのエクササイズに同様なものがあった。参加者が二手に分かれて二人ずつすれ違うのだが、「顔をそむけて通り過ぎてください」とか「お互い顔を見て通り過ぎてください」あるいは「いったん立ち止まってから通り過ぎてください」などの世話人の言葉に従って歩いてみると、その都度自分の中に違った感情が湧くのに気づくのだった。だが、初めは照れくさくてなかなか指示通りにできなかった思い出がある。
 
そんなことを考えると、高校生たちは柔らかな感情の持ち主だな、とテレビを見ながら感じた次第である。

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