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2009年9月

2009年9月30日 (水)

マッサージ師の奥さん

以前体がきつくなるとマッサージを受けに行った家がある。鉄道の近くで、一時間に3本ぐらいしかない電車が来ると、閉め切った家の中までゴトゴトと線路の音が響いてくるところだった。
盲人のマッサージ師は少し強めに力をこめて一時間、一生懸命に揉んでくれたものだ。
だが、いつ行っても奥さんの姿は見えなかった。聞くと、郵便配達をしているとのこと。そういえば私の家に来る配達の人は女性だった。その方が奥さんなのだとすぐに合点が行った。
 
先ほど、昼寝をして体を休めようかと横になっていると、ドアフォンが鳴った。マッサージ師の奥さんであった。雨が降っているので黒い合羽を頭からかぶっていた。
「今、昼寝をしようと思っていたのに」と言うと、「ごめんね。年賀はがきを注文してもらおうと思って」と言う。
150枚頼んで、「旦那さんはまだマッサージをやってる?」と聞くと、7月29日に亡くなったとのことだった。一昨年に脳梗塞で倒れ、その後妻が入院していた同じ病院に入退院を繰り返し、腎臓の病気も見つかって、体がずたずたになって亡くなったと玄関脇に座り込んで話してくれた。
「そうなの。私も妻がいなくなって疲れて仕方ないので、マッサージをしに来て欲しいと思ってたんだ」旦那さんのことに触れた理由をこう伝えると、「私も疲れる。この仕事はきついのよ」、「もういつ死んでもいい。あまり苦しまないで死ぬならね」。
マッサージ師の奥さんの郵便屋さんは注文のお礼を言ってまた雨の中を自転車に乗って帰って行った。

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2009年9月27日 (日)

今日の聖句 苦しみの中に喜びの福音が

テモテへの手紙Ⅱ一章9節から10節
「神がわたしたちを、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです。この恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにおいてわたしたちのために与えられ、今や、わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです。」
当時テモテの人たちはローマの圧制の下にあった。この手紙はパウロの時代をかなり過ぎたときに書かれたのだが、パウロが獄にあったと同様の状況である。
手紙は神は苦しみを通して証をさせてくださることを伝えている。苦しみの中で福音に与ることができるというのだ。
かつて豊島岡教会に属していたとき牧師が韓国の民主化にかかわり、苦しみを負いながら同様のメッセージを発していたことを思い出す。福音をわが身に置き換え、苦しみを負っているかどうかも問わねばならない。

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2009年9月26日 (土)

写真の喜び

ヒカちゃんが最近写真を喜んで撮る。「デジカメ貸して」と持ち出して勝手気ままに撮るのだ。家中の部屋の散らかり具合を写したり、姉の部屋に貼ってあるアイドルのポスターを角度などかまわずに撮りまくる。面白かったのは私やパパの目をクローズアップしたり、愛犬の目までも写して、「誰の目だ?」とクイズにしてしまったことだ。
ここにそれをみな紹介するわけにはいかないのでヒカちゃんの作品としては平凡だが3枚を載せる。
Img_1082左 空だけをとらえたところが面白い。 Img_1138中 2階から庭の一角と駐車場を見下ろしている。
Img_1190右 空の写真をプリントしてあげたらそれを背景に梟親子を撮った作品。

   

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2009年9月25日 (金)

一日が終わる

眼鏡が合わないらしくパソコンや新聞を見ていると疲れる。今日は隣市の眼鏡店に行った。どこの眼鏡店もチェーン店になってから店主がときどき変わる。この店でも新顔であった。あれこれ検査をして、近々用を作ることとした。縁は安いものを選んだのだが、それでも思わぬ出費となった。
 
その後ヤマダ電機に回る。パソコンにfaxモデムを付けたいので買いに行ったのだ。
帰ると2時を過ぎていた。簡単に昼食を済ませて、設定にかかったのだがなかなかうまくいかない。
なんとか終わったのはもう大相撲が打ち出しになるころだった。
 
早速友人に送信し、テストに付き合ってもらった。
まだ眼鏡の領収書を見ていない。忙しい1日であった。

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2009年9月22日 (火)

4つの臍帯

一日の生活を終え寝室に入る。落ち着いた心で、ベッドに入る前のわずかな時間、妻の写真を見つめ、部屋の空気を感じ取る。
そのとき、妻が残していったものが入ったひきだしについ手が伸びる。ブローチや時計、その他のアクセサリーが当時の輝きをそのままに収まっているのだ。ガーネット(友情と忠誠の石。多くの人に愛され、忍耐を成就する石だそうだ)の婚約指輪は少し色あせているが、それもこの仲間に入っている。結婚指輪を探したが死後私がどこかに置いたはずなのに見つかっていない。
この下のひきだしには子供たちの小学校からの通知表がみな保存されている。そしてその下に4つの桐の箱がある(正確には3つの桐の箱と1つのプラスッチックの箱。最後の子供のころになると桐が使われなくなったのだろう)。
箱の表面には「寿 御臍帯納、御産毛納」との金文字が刻まれ、裏には名前と出世時の体重などが書かれている。
私は忘れていたのだが、妻は自らの体を分けた子供たちの出生の証をこうして最後まで大事に持ち続けて天に行ったのだ。

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2009年9月19日 (土)

田舎の運動会

ヒカちゃんの運動会。電動車いすで行く。
陣取りはどこの学校でも流行らしいが、最前列にビーチパラソルを広げ、デッキチェアを組み立てている姿にはあきれる。後ろの者のことなど微塵も考えていないのだ。
ヒカちゃんは最初のプログラム・Photo 90メートル徒競争。見事トップの成績だった。
Photo_3Photo_2ヒカちゃんの競技以外は興味なし。校内を電動車いすで探訪。体育館の正面には二宮金次郎の像が建っていた。校舎の裏手に回ると、先生方の駐車場だろう。黒塗りのプレジデントもある。
帰り、神社に入る。昔のままに忠魂碑がそびえている。
きっと日本 の各地には同 じような戦前、戦中の面影が残っていることだろう。

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2009年9月17日 (木)

松井とイチロー

イチローが9年間連続200本安打を放ったことがマスコミで大きく取り上げられている。大リーグ記録を塗り替える快挙だという。体の管理、精神力の強さ、練習の積み重ね、これらの上に成り立ったこの記録はイチローという人物の強靭さを示していよう。
だが私はイチローの試合には興味がなく、見ることもない。
それに比べてヤンキースの松井秀樹の成績はいつも気になっている。放送があれば見るし、ない日にはテレビのデータで確認せずにはいられない。
松井は現在の打率は2割7分ほどだ。ということはイチローのように確実にヒットを打てるわけではないのだ。スタメンに出ない日も時々ある。
DHとして出場し、肝心な場面で時々凡打する。すると表情を曇らせてすごすごとベンチに帰り、椅子に黙って腰を下ろす。
私は松井のこうして感情を静かに表に出すところに惹かれるのだ。ホームランを打てば、笑顔でホームベースに戻ってくるが、その顔にはどこかテレがある。完全に感情を表出することのできない照れ。
昨年の怪我で今年は契約延長ができるかどうか危ぶまれていた。来年も34歳の男の喜怒哀楽の野球人生を見たいものだ。

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2009年9月15日 (火)

琵琶の「さわり」のように

筑前琵琶には「さわり」というものが備わっている。先日NHK教育TV「ろうを生きる」の中で、筑前琵琶を作っている聴覚障害を持つ男性が「さわりの出来具合が琵琶の良し悪しを決めるんです」と言っていた。
面白い話である。
障害者という言葉の「障」には「さわり」という意味もある。差しさわりの「さわり」である。ここではネガティブな意味が前面に出てくる。
今回のテレビ番組は発想の逆転を促しているようだった。障害を持つ人がいることが社会にとって必要であり、その人がどう育てられ、育っていくかがよい響きを持った社会ができるかどうかを左右する、こう言っている気がしたのだ。

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2009年9月13日 (日)

甦ったデータ

H・Bさんのご努力で失われたと思ったデータが甦った。感謝でる。
それにしても複雑極まりないと思われるパソコンのメカニズムの中から、パソコン自体が動かないのにデータを取り出せるなんて予想だにしなかったことだ。
ハードディスクの中に6年間のデータが詰まっていたのだが、このディスクを取り外し、それをあたかも外付けディスクを使う要領でUSBポートにつなげればファイルやデータを再現できるのである。
ここでパソコンを使う人に2つのことをお伝えしよう。
①壊れたパソコンを安易に捨てないこと。技術のある人の手にかかるとデータを悪用される恐れがある。
②パソコンが壊れても私の場合のようにディスクは生きていることもあるのであきらめずデータ引き出しに努めること。

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2009年9月12日 (土)

父親と付き合う息子

「今朝は涼しいね」。こう言って息子が二階から降りてくる。妻が健在のときはなかったことだ。
普段は二人で居間にいても共通の話題探しに苦労する。野球中継があったりすると選手のことや最近の勝敗を材料に少しの間会話を成立させられる。だが、なかなか世間話や無駄話を続けることは難しいことだ。
それでも息子は時にはお茶を汲んでくれたり、冷蔵庫からプリンを出してきて私と関係を取ろうと気を遣っているようである。
出勤するときにも、行ってきます、としっかり地言うようになった。
そんな関係の中にいる二人には、朝夕のちょっとした気候の変化も話の種になり、気持ちをやわらげるきっかけになるのだ。
息子がこの一年新しい息子に成長してきたように思えてならない。

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2009年9月11日 (金)

フクロウがやってきた

Photo 我が家に新しいフクロウがやってきた。H兄が箱根で求めて送って下さったものだ。一緒に届いた添え書きにはこう書かれていた。
「大げさな包装のわりには、子供だましのもので済みません。
今年は大都会の一隅のわが家周辺でも、例年になくコオロギ、カネタタキなど、”秋鳴く虫”の音が賑やかです。神は人一人々々に適った慰めを与えてくださいます。」
  
Hさんは私が尊敬する友人の一人である。障害のために修学を断念しておられたとき空襲で家が焼けてしまった。再建することも適わず、家にあった防空壕を住まいとしてしばらく過ごさざるを得なかったという。そのとき兄を慰めたのが周囲に咲く草や木々であった。季節に応じて鳴く虫の音だった。特にセミに興味をもたれた兄は専門家の領域まで体験と知識を広め、「日本セミの会」の代表にまでなったのである。
私よりも年長なSさんは体も弱ってきておられるが、神様にぴったりと寄り添って誠実に暮らしておられる。
添えられた短い文章からもそのことがよくわかる。

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2009年9月10日 (木)

俳句を楽しむ

今月の俳句から各人のものを一句ずつ。
  

濡縁に籠の鈴虫鳴き初むる                      いく

パソコンの壊れて術なき夜長かな          悠歩

鳳仙花風のあそびに種こぼし                  ひさい

手作りの藜(あかざ)の杖や夫白髪      洋子

 兼題 運動会

爽やかなダンスに終わる体育祭               いく
運動会親に手を振り行進す                       悠歩
運動会貧しき母のお弁当                           ひさい
大声で園児の挨拶運動会                           洋子
 
ひさいさんの貧しい戦後の運動会での思い出を詠んだものがいい。

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2009年9月 9日 (水)

仕事始め

仕事始め、と言っても新年ではない。三日かかってようやくパソコンで作業を始められる、その新年にも似たうれしさを感じているというに過ぎない。
パソコンはもう私にとってなくてならないものになってしまっている。自己表現をし、友と交わり、社会の動きを捉え、また、遊びもする。私はパソコンを通してこの世との交流をしているといっても過言ではないようだ。
今朝は明日の句会の資料つくりから始めよう。その後は先日の教会役員会の記録の整理、昨年亡くなった林先生の記念文集の原稿書き等々いろいろのことが待っている。
感激することに破壊したパソコンからデータが取り出せる希望が出てきた。H・BさんがそのPCを会社に持っていって調べてくださった結果、メモリーが生きており、取出しが可能ですと電話をくれた。あきらめていたポストポリオ症候群の翻訳データも使えそうだ。一度あきらめたものが生き返る、聖書に出てくる話のようである。

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2009年9月 7日 (月)

大切な人を失った体験 お便りください

表題の見出しが一昨日の朝日新聞に載っていた。新井満さんが選考委員長になって、岸恵子、さだまさし、俵万智の三人も選考委員に名を連ねている。
「残された者は、涙が乾いた後、立ち上がり、どのように生きているのか。真実の物語をお待ちしています」。こうこの企画のねらいが書かれていた。
書いてみようかとも思う。立ち直った姿というよりいかに妻が大切な人だったかを記すことになるであろうからねらいに沿った文章は書けないかな、という心配もある。
ひとりの生活になじんで、涙ともお別れしていられるのは主にあるおかげ。このことを綴るには800字以内はきついかな。
  
友へ パソコンの故障で皆さんのアドレスがすべて失われてしまいました。一言お書きになって、メールをください。お願いします。

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2009年9月 4日 (金)

パソコンに頼る危険

パソコンが壊れたことは携帯電話を使って更新した日記の通りである。携帯で文章を打つのは大変な時間を要する作業なので困っているとき、子供のパソコンを利用しても更新が出来ることがわかり今こうしてやっている。
古いパソコンにはたくさんのデータが詰まっている。宛名、教会の役員会記録、キ障協関連の資料等等。パソコンに頼り切ることはいかに危険か、今回は大いに反省したしだいである。

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2009年9月 2日 (水)

パソコンの使えない日

パソコンが立ち上がらない。サポートセンターでもお手上げである。昨夜ようやく英語の文献の翻訳が終了したというのにそれが水泡に帰すとはなんたることだ。
バックアップの可能性を確認したりするうちに昼を回ってしまった。1日もパソコンなしでは済まされない身。
中古品を注文して終わりにした。

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