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2009年8月 9日 (日)

気付かないことの怖さ

以前小生のHPにこんなことを書いたことがある。
子供のとき家の中には水道はなく、顔を洗うには井戸から水を汲んでやるより他なかった。足が不自由な私は雨の庭には出られないので、家人が洗面器に水を運んで軒下においてくれた。中腰になれない私は片手を地面に突いて、もう一歩の手で水を掬って顔をなでた。
この動作をそのHPでは「猫が顔を洗うようだ」と表現したのだった。
すると片手を空襲で失った奥さんを持っている友人が「妻もそうして顔を洗っています」と感想を書いてくれたのである。
今思うに、片手を奪われた人にとって、自分の動作を猫の仕草にたとえられることは不快なことだったのではないかという気がする。
友はそう指摘したわけではなかったし、もう忘れているかもしれないが、私の心にはずっとひっかかっているエピソードである。

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