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2009年8月

2009年8月30日 (日)

総選挙の日の礼拝祈祷

全能の父なる神様。
 新しい朝をありがとうございます。今朝もこうしてあなたが一人ひとりを御心に留め教会に集わせてくださいました。心から感謝いたします。あなたの前に乳を求める乳飲み子のようになって座り、無心にあなたを仰ぎ見て御声を求める心をお与えください。

神様、今この世は混乱と失望の中にあります。どうぞ戦争で苦しむ人々に力に頼らない平和をもたらせてください。

正義を地上に回復してください。

働く場を失っている人に働く喜びをお与えください。

生活の場を壊された人々にくつろぎの場所を用意してください。

友を信じられない人に信頼のこころを創造してください。

体と心を病む友に支える仲間を用意してください。

今日は衆議院選挙の日です。どうぞこれらの願いを自分のものとして世のために働く人たちが選ばれ、少しでもあなたの御心に沿う社会の実現に向けてこの世が動きますように祈ります。

神様、本庄教会はあなたの御心によってこの地に存在させられています。どうぞ私たちがあなたの僕として教会という集いを通してあなたに仕えることができますように。

午後には伝道協議会を予定しています。皆でよりよい教会のあり方を考え、実行し、あなたへの奉仕に役立てていくことができますように。

 これからあなたのメッセージを取り次ぐ飯野先生を聖霊で満たし、聴くもの一人一人の求める言葉を語らせてください。

 本日ここに集うことができない兄弟姉妹方にも豊かに恵みをお与え下さい。特に今、病床で弱さの極みおられる友を御腕で抱きとめてください。お世話に当たる友に力と希望をお与えください。

これらの感謝と願い、十字架で苦しみ、そこから勝利された私たちの父なる神、イエス・キリストのお名前によって御前に献げます。

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2009年8月28日 (金)

旧約における主の御心

 旧約における主の御心は計りがたい。旧約には王達の権力争いが絶えないのだが、今朝の聖書でも預言者イエフがヨラム王を矢で射殺した凄惨な記事が載っている。ヨラムは殺されその所有地に運んで投げ捨てられるのだった。これは聖書によれば預言の成就なのだという。
また、ヨラムの母であり、アハブの妻であったイゼベルも殺され、「イゼベルの肉は、イズレエルの所有地で犬に食われ、イゼベルの遺体はイズレエルの所有地で畑の面にまかれた肥やしのようになり、これがイゼベルだとはだれも言えなくなる」までに断罪される。

「このようにして、イエフはイスラエルからバアルを滅ぼし去った」のだが、「ただ、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪からは離れず、ベテルとダンにある金の子牛を退けなかった」。(列王記下10:28-29
王による支配は根本的に人の罪からは解き放たれない性格を帯びているのかもしれない。制作年代他の詳細は私には分からないがイザヤ書の冒頭にある(イザヤ24節)「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」というメッセージがこの王達の奢った争いに対する主の変わらぬ告知のような気もする。(この記事は日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会のホームページの記事に負うところが多い)

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2009年8月26日 (水)

聖書を開いたままに

Pt340009列王記下を読んでいる。6章から7章へと進む。その中で捕囚前の混乱したイスラエルの様子を見た。アラムの軍勢が敗退し捕虜になっている。
  
6:21 イスラエルの王は彼らを見て、エリシャに、「わたしの父よ、わたしが打ち殺しましょうか、打ち殺しましょうか」と言ったが、
6:22 エリシャは答えた。「打ち殺してはならない。あなたは捕虜とした者を剣と弓で打ち殺すのか。彼らにパンと水を与えて食事をさせ、彼らの主君のもとに行かせなさい。」
6:23 そこで王は彼らのために大宴会を催した。彼らは食べて飲んだ後、自分たちの主君のもとに帰って行った。アラムの部隊は二度とイスラエルの地に来なかった。
  
旧約の時代、既に食事の持つ大切な働きがこうして記されていることに驚く。イエスも弟子たちと食事を共にし、また貧しい人たちを食事に招いている。
  
今朝もこうして主の世界を知ることができた。聖書を机上に 開いたままにしよう。

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2009年8月25日 (火)

メッセージ「苦悩に応える主」

表題の文章を「こころの便り」に載せました。ご覧いただけたら幸いです。

http://homepage3.nifty.com/bridge2/369.html

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2009年8月24日 (月)

朝はきつい

体全体が重い鉛になってしまった感じさえする。手足を移動するにも意志が筋肉に伝達されない辛さがある。生きるのは辛いなぁと思い、いや、生活することは重労働だと言い替える。今日は何もせずテレビでも見て過ごそうかと考えたりもするのだが食事をし、新聞に目を通す頃になるとようやくエネルギーが満ちてくるようだ。
体は限界に近い生活をしているのかもしれない。精神力で走っているようなものだ。
今日も慣性で与えられている時間を過ごそう。

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2009年8月22日 (土)

人々に与えて食べさせなさい

列王記下から「4:42 一人の男がバアル・シャリシャから初物のパン、大麦パン二十個と新しい穀物を袋に入れて神の人のもとに持って来た。神の人は、「人々に与えて食べさせなさい」と命じたが、4:43 召し使いは、「どうしてこれを百人の人々に分け与えることができましょう」と答えた。エリシャは再び命じた。「人々に与えて食べさせなさい。主は言われる。『彼らは食べきれずに残す。』」4:44 召し使いがそれを配ったところ、主の言葉のとおり彼らは食べきれずに残した。」
  
今朝は時間を1時間間違えて6時前に起きてしまった。食事の準備も終わってないし、夕方になると雑念が多く、聖書に目を通す機会もなくなるので、書斎に入って主の声に聞くことにした。そこで出会ったのが上掲の箇所だ。
神の人とは預言者エリシャだろう。大麦パン二十個と新しい穀物の量は常識ではとても100人を賄うには不十分だった。ところが召使が言われるままに配るとそれは食べきれないほどに豊かになったと言うのだ。
できないことと思っても主の言葉どおりに行う、食べさせる、このことを通して奇跡は起される。具体的に行う、このことの大切さを告げる御言葉である。
  
同様の話がルカによる福音書にもある。
9:13 しかし、イエスは言われた。「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい。」彼らは言った。「わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません、このすべての人々のために、わたしたちが食べ物を買いに行かないかぎり。」9:14 というのは、男が五千人ほどいたからである。イエスは弟子たちに、「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい」と言われた。9:15 弟子たちは、そのようにして皆を座らせた。9:16 すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。9:17 すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。
 
ここでは食料はより少なく、必要とする人はより多い。しかし、主は弟子たちを用いて、弟子は主の命令のままに振舞って求める者に与えられた。

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2009年8月20日 (木)

フクロウがトイレに来た

Pt340004_4 昨日孫娘がテニスの試合に昭和の森公園まで行ってきた。結果は相手が現れず不戦勝とのこと。
帰ってきたのは帰路練習に回ったから9時を過ぎていた。ママは勤めから帰ると直ぐにバレーボールの練習に近くの学校へ。お陰で私は簡単夕食を一人で取るはめになった。
一日一人で過ごし、夜も一人の食事。なんとも味気ない、こう内心愚痴をこぼしていた。
そこに孫たちが帰ってきて、「じいちゃん、ほら、お土産」と紙袋に入ったフクロウを差し出した。竹炭を包み込んで作った布製のフクロウが4匹並んでいる。湿気や匂い取りに効果があると説明書きにはあった。
さっそく私はトイレの壁に画鋲で止めた。トイレがやさしい場になったようだ。

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2009年8月19日 (水)

「教え子」に教えられ

大昔の「教え子」から先日メールが届いた。もう60歳に近い女性である。車椅子で電車を利用しどこにでも出かける強い生き方をしている彼女だが私同様最近足がむくんで困っているという。学校に隣接する療育施設の同窓会の幹事をしているのだが秋の旅行にもドクターストップがかかったらしい。長距離のバス乗車は足のむくみを考えると行かない方がいいと医師から言われたのだ。
その彼女が昨夜またメールを送ってきた。そこには彼女の豪放磊落な生き方が伺え、うらやましく思うのでここで紹介させてもらう。
「私の家はベッドの横の窓も網戸にしてあるだけで夜中もあいています。殺される時はどんな用心していても殺されます。
二匹の犬に守られています。朝、新聞配達のお兄ちゃんが来ても吠えてくれますし、誰か私道に入っただけでも凄く吠えてくれます。でも、もうおばあちゃんなんです。2番目の子供が飼いたいって言うから飼い始めました。未だに世話をしに毎日来てくれます。
私、幹事会に行ったら、旅行に行く破目になりました。モテル女は辛い。ウフフフフ。男の人たちに「足なら上からぶら下げて置きゃいいよ。座席も余っているから、寝ていけるよ。」って言われて、その気になり、行くことになりました。
我が家の通りは、昔から後家界隈と言われて、後家さんが
8軒のうち半分くらいはいらっしゃいますが、先週の金曜日お向いのご主人が亡くなられました。まだ亡くなったばかりなので、奥さんはしっかりなさっていらっしゃいます。
先生もお元気でね。

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2009年8月16日 (日)

信仰の道を走る抜く

「こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか」(ヘブライ人への手紙 12章1節)
私たちの信仰の道はマラソンにたとえられる。選手は苦しみに耐え、一時は絶望感に襲われながらゴールを目指して一路競技場への道を走る。
今日の聖書に出る証人はその競技場で選手の到着を待つ観客であり、それは先に神の許に召された人たちである。私たちが信仰の道を走りぬいて競技場に入っていくとその人たちは全員で選手を拍手で迎えるのだ。
この世のマラソンでは一人の勝者だけに栄冠の冠が与えられるが私たちの神は信仰の旅路を走りぬいてゴールに着いた者全員に冠を与えてくださる。
妻は今この証人になって神と共にこの世の走路を行く私を見つめているだろう。
がんばれH、お前は知られている。

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2009年8月15日 (土)

教会に行くの?

シャツを着替えているとヒカちゃんが「教会に行くの?」と聞く。確かにいつも家で着ているシャツとは違って綺麗なものだ。
まだまだ妻の遺したもので手付かずになったままのものがある。今朝は段ボール箱三つを棚から下ろしてもらって開いてみた。妻の普段着や布地が出てきた。布は生地も色も捨てるには惜しいものだった。だが、今の若者はこれを使って何か作ることはしないだろう。
私のシャツも「半袖シャツ」と書かれた箱に何着か隠れていた。最近同じものばかり着ているので変化がほしいところだったので嬉しかった。早速そのなかの一枚を着たときヒカちゃんに見つかったのだった。
家にばかりいると身だしなみも無頓着になるがこれではいけない。生活になるべく強弱をつけるよう気をつけたい。

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2009年8月13日 (木)

夏の句会

いつものようにご婦人方がめいめいに飲み物、食べ物を持って集った。手作りのサンドイッチ、茄子胡瓜の漬物、おにぎり、かぼちゃの煮物、みかん等等等。
今日の俳句をそれぞれ一句。
 夏休み子等の声ききカレー煮る  ようこ
 
連峰や入道雲を押し上げり    ひさい
 
連れだちて暫し見あぐる虹二重  いく
 
用便も一大事なり老いの夏    悠歩
  
 兼題 夕立
 
夕立や蟻散る如く子ら帰る    悠歩
 
夕立や下着まで濡れ娘は妊婦   ようこ
 
夕立の木々のゆらぎや音を立て  ひさい
 
いかずちに玻璃戸びりりと泣きにけり いく

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2009年8月11日 (火)

活字は黒かった

新聞や聖書が見にくくて困っていた。活字が背景に溶け込んでしまってうまく認識できないのだ。先日は礼拝の司会で聖書朗読の際、ページが平坦な黄色になって文字が背景に溶け込んでしまい一瞬慌てた。
今日は眼科の定期健診の日。この症状を話すと医師は白内障の手術は眼内レンズを入れるのだが水晶体を包んでいた袋は残してあると言う。その袋が濁ってきたのだろうとのことであった。そしてこの濁りを取るにはレーザー光線を当てる治療があると言った。眼圧が高まったり飛蚊症がでたりすのだがそれを理解してこの治療を受けるかと聞いてきた。
私は即座に希望しますと答え、しばらく待った後にその処置を受けた。
家に帰って今朝の駿河湾を震源とする大地震を報じている夕刊を見ると、活字がしっとりとた黒になっていた。今こうして打っているパソコンの文字も鮮明な黒に見える。
手術の効果、てきめんというところである。

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2009年8月10日 (月)

星の写真が撮れない

夜中じゅう降り続いた雨がまだ降っている。サッシが厚いので雨の音は家が騒音の悪魔に包まれているようにしか聞こえない。それだけに不気味である。
  
ヒカちゃんの夏休みの宿題に星の観察がある。7月少し雲が切れた夜、デジカメで空を仰いで写真を撮った。三脚を付け、ぶれないように注意し、ストロボをオフにしてシャッターを押した。なんとか星らしきものは写っていた。
もっと本格的な作品を作ってあげたいと思って、晴れた夜にはじいちゃんのフイルムカメラでやってみようと約束したのだが一向にそのチャンスはやってこない。広角の28ミリレンズを付け、フードで余分な光をカットし、レリーズを使い、長時間露光して星をばっちり撮りたいのだ。
 
子供の頃縁台に寝そべって夜空を眺めていると、流星が時々現れ、星雲も綿菓子のように伸びていたものだ。
今では夜も完全には暗くないから星がきれいに写るかどうか心配である。
そんな昔のことは知らないヒカちゃんは目を凝らさないと見えないような星でも見つけると貴重な発見をしたように喜んでいる。

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2009年8月 9日 (日)

気付かないことの怖さ

以前小生のHPにこんなことを書いたことがある。
子供のとき家の中には水道はなく、顔を洗うには井戸から水を汲んでやるより他なかった。足が不自由な私は雨の庭には出られないので、家人が洗面器に水を運んで軒下においてくれた。中腰になれない私は片手を地面に突いて、もう一歩の手で水を掬って顔をなでた。
この動作をそのHPでは「猫が顔を洗うようだ」と表現したのだった。
すると片手を空襲で失った奥さんを持っている友人が「妻もそうして顔を洗っています」と感想を書いてくれたのである。
今思うに、片手を奪われた人にとって、自分の動作を猫の仕草にたとえられることは不快なことだったのではないかという気がする。
友はそう指摘したわけではなかったし、もう忘れているかもしれないが、私の心にはずっとひっかかっているエピソードである。

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2009年8月 6日 (木)

辛い一言

「俺なんか覚えていないよね」。真っ黒に日焼けしたF君はそう言ったが、真顔であった。
小学校、中学校と共に机を並べた友の告別式を終えて、近くの大型スーパーの食堂での会話で出た言葉だった。
葬儀に出たのは十数人の同級生だった。彼らは時々会っているらしく、他の友の動静もよく知っていた。私は田舎に帰ってから一度も昔の友と席を共にしたことはなかったから今回のS君の他界の連絡もなかった。たまたま葬儀場が我家の近くだったので情報を得て昨夜の御通夜と今日の告別式に参列がかなったのだ。S君は小学時代、中学時代親しく接し、小学時代には杖を学校に持って行ってない時など便所まで背負ってくれたり、中学の頃は彼の家に泊まって将来を語り合った最も親しい友の一人だった。
式が終わって食事に行くことになった。女性の一人に誘われたのが嬉しくて、少し遅れて駆けつけると彼らは談笑していた。私も直ぐに受け入れられたが多くの友の名前が思い出せない。しかたなく近くの女性に全員の名前を紹介してもらう始末であった。
そんな中で、F君が冒頭の言葉を言ったのだ。「俺なんか勉強はまったく縁がなかったからHさんなんかとは別組みだったもんね」。彼はそう付け足した。
「いや、覚えているよ。お寺の前で花屋さんをやっている家だったね。お袋がよく世話になっていたよ」。そう答えると「そうかい」と言って明るい顔になった。
  
私は同じ意味の言葉をあちこちで投げかけられる。その度に胸を刺される思いがするのだ。学力を誇示し、交わる友を絞って交際し、関係を持たない友を遠くに見て自己の世界を保っている。そんな気はまったくなかったのだが、投げかけられる言葉は私の認識とは別の態度で私がいた、ということを否応なしに知らせる結果になるのだった。

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2009年8月 3日 (月)

ヒカちゃんとサンタ

ヒカちゃんは小学校の4年生である。我家で最も元気な存在で、ヒカちゃんがいないと火が消えたように寂しい。
そのヒカちゃんが今ほしがっているものにWiiがある。子供に人気のゲーム機のようだ。だが、最近のゲーム機は大人も遊べるようになって、値も張るようになった。この機械もどうも2万円くらいはするのではないかと思う。
これではヒカちゃんがお小遣いで買うのは無理だ。そこでヒカちゃんが頼りにしている人がサンタクロースというわけである。
今までもサンタさんにはいくつか欲しい物をもらっている。それらはママは絶対買ってくれないものだと言う。だから贈り主がママであるはずがない。パパはどうかというと。夜中にはパパはグースカ寝ているから、パパでもないとわかっている。
こうなるとクリスマスの夜の贈り主はサンタさん以外にない、というわけである。
まだまだクリスマスまでには日があるので可哀想だ。私が買ってやってもいいのだが、サンタを信じているヒカちゃんの心を大事にしてそっと見守っていようと思う。

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