« 佳子ちゃん | トップページ | DVDに見る記念式 »

2009年7月16日 (木)

二つの讃美歌

 召天一周年の記念式の打ち合わせをしているとき「和子さんの愛唱讃美歌を2つ選んでください」と牧師から言われた。納骨式のときもそうだったのだが私は困ってしまった。生前妻から愛唱歌を聞いていなかったのである。

 そこで私は妻の讃美歌を開いてみた。たくさんのしおりが挟んであった。礼拝や他の機会に賛美したときに入れたのだろう。

 それらを見ているうちに私は、一曲は信仰の旅路を感謝するもの、もう一曲は天にある幸いを歌っているものを選ぶことを思いついた。愛唱讃美歌というより信仰の旅路を感謝し、今在る天の国に憧れる思いを歌うのが適切だと感じたのだ。その結果「讃美歌21」から461番と579番を選んだ。461番にはこんな歌詞がある。
 1節 みめぐみゆたけき 主の手にひかれて、/この世の旅路を あゆむぞうれしき。
 
そうだ。妻は主の手に導かれ、この世を喜びのうちに歩んだのだ。
 
2節 さびしき野べにも、にぎわう里にも/主ともにいまして われをぞみちびく。
 
幾多の悲しみ、泣きたくなるような日にも決して妻は泣かなかったが、主はそんな日も導かれた。
 
4節 なすべきわざ終え、みもとに行く/み助け頼みて、ヨルダンを渡らん
 
70年の為すべき業を終えて御許に召された妻は神さまの力をいただいて天に帰ったことだろう。

 
そして。
 
579番
 
2節 うつくしの都、エルサレムは/今こそくだりで われに来つれ。/主ともに在せば つきぬきちは/きよき河のごと 湧きてながる。
 
3節 うるわし慕わし とわのみ国、/うららに恵みの 日かげさせば、/生命の木の実は みのり繁く、/もはや死の影も なやみもなし。
 
もちろんこれはこの世にあって天に焦がれる信仰を歌ったものであろうが、しかし今妻はこの国にあることは疑う余地がない。「うららに恵みの日かげ」が射し、「もはや死の影もなやみもな」い国。

 この二つの讃美歌は妻に贈るにふさわしい歌であった。

|

« 佳子ちゃん | トップページ | DVDに見る記念式 »

「信仰」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 佳子ちゃん | トップページ | DVDに見る記念式 »