« 初夏の光 | トップページ | 車イス収納装置 »

2009年4月25日 (土)

臓器移植法案

今国会では与野党を問わず臓器移植法案の早期改定の機運が高まっているそうだ。急務の課題は心臓病の子供に日本においても臓器提供が出来るようにすることだ。今まではアメリカに行き臓器の提供を受けねばならなかったのだがアメリカ国内でも提供者が少ない実態から外国人への提供を制限するようになったとのこと。
今朝の新聞にも脳死の説明が載っていたが、特に子供の場合脳死の判定後でも脳が機能を回復することがありドナーの判定が難しいらしい。また、子供が脳死になった場合、自らが提供者になると意思表示を適切に出来るかどうかも論点の一つになっている。
移植を受ければ命が保たれると判断されたとき、親とすれば提供を受けたいと希望するのは無理からぬことと思う。
だが、一人の人間の存在の意味を問うた場合、その人間は多様な者としてこの世に遣わされていることをもっと考慮すべきではないか。私のように歩けない者もいるし、21歳で天に召されたS君の存在もそれぞれに尊い事実であった。歩けない者をみな歩けるようにしなければならないとか若く天に帰ったものの存在を軽く見ることも出来ないだろう。
命はそれぞれの者に他者と代えがたいものとして与えられている。その命とは体を含めた精神の全てである。脳死判定の技術的な問題ではなく命そのものの意味をもっと問うことから臓器移植について論ずる必要がある気がする。

|

« 初夏の光 | トップページ | 車イス収納装置 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 初夏の光 | トップページ | 車イス収納装置 »