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2009年3月12日 (木)

残る人生、何をなすべきか

妻の死に遭遇してから死が遠い出来事ではなくなった。現実味を帯び、少し先方に実体をもって存在している気がする。
この二三ヶ月不要になった本を始末し、ブックオフに持っていってもらったり、書き溜めた文章の印刷物を破棄したりしている。本を新規に購入することもない。以前から高画質の写真印刷が出来るプリンターが欲しかったのだが、一方でそのプリンターでよい作品を作ってもそれにどんな価値があるのだろう、やがて不要になるのではないかという疑念も湧く。
極論すると死の前の作業が死に行く者にどれだけの意味があるかという一種の空しさを心のどこかに宿すようになってしまったのだ。
そんな中で死の後に関係を持つ救い主との関係をより確かなものにしておきたいという願いだけは強くなっている。それは聖書に聞くことである。他のことが目に見え、触って確認できることでありやがて消え行くことであるのに対し、聖書の言葉は見えない神の姿を伝えるのだがそれは永遠である。そう思って、一日一章を読み続けている。
だが、死の意味を決定付けるのはその人がどんな生き方をしてきたかによるとも言われる。やがて行く御国で祝されるためには現実のこの世で神の御子としてふさわしく生きねばならない。御国に憧れてこの世の生活をおろそかにしていいというわけではないのだ。
では如何なる生き方をすべきか。そのことが問われてくる。

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