« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月

2009年3月30日 (月)

4年前と同じ時を

2005年のある日の日記に私はこう書いた。
教会の友が訪ねてくれた。パソコンが好きなもう80歳近い方である。お元気にホームページ開設に努力しておられる姿は本当に若々しい。
しばらくパソコンで遊んでからわたしの髪を刈ってくださった。この兄は人に喜ばれることを喜びとしておられる。
こんな風にみんなが生きられたらどんなにすみよい社会になることだろう。」
 
今朝、また同じ友が同じ奉仕をしてくださった。10時にお見えになり、約1時間かけて丁寧にわたしの髪を切ってくださったのだ。その後持参された鳥めし弁当を一緒にいただいて12時近くに帰っていかれた。
実は昨日教会でこの友IRさんに腰が痛み歩けないので床屋さんにいけなくなってしまいましたと話したのだった。すると「それじゃ、また切りましょう」とおっしゃったのだったがまさか今日おいでになるとは予想しなかった。電話で都合を聞かれたので大丈夫ですと答え、ついでにコンビニで簡単な弁当を買ってきてくださいとお願いしたのだった。
80歳を超えているのでコンビニ特有のお昼などは選べないと思って、何でもけっこうですとお願いしたのだが、IRさんは市内でも有名な弁当屋に寄って高価な鳥めし弁当を買ってくれた。その上どうしてもお金を取ってくださらず、髪を切ってもらった上にお弁当までご馳走になってしまった。
4年があわただしく過ぎ、私の家庭ではいろいろなことが起こっているのにそれらを超えて友の奉仕は今日も1つの出来事として生起した。

| | コメント (0)

2009年3月28日 (土)

今月の俳句

春の日や句会の後の一眠り

春の日や嫁ぎし娘と過ごしけり

春の陽を背負って新聞ゆっくりと

チューリップ供えて寛ぐ娘かな

花桃に日毎真珠の輝きぬ

春惜しむ電話する友探しけり

君までが帰ってしまうか春惜しむ

四月馬鹿ついた嘘に悩みけり

蒲公英や写真取る人寝転びて
  
以上、今月の俳句。推敲やコメントを入れていただけたらありがたい。

| | コメント (0)

2009年3月26日 (木)

主は私のために

イエスの系譜をたどる聖書の旅はサムエル記上の終わりまで進んだ。途中、3022節以下でこんな記事に出会った。
 
ダビデが敵を追って戦いに出向いた時、彼の兵のなかには疲れでダビデに従って戦場に行くことが出来ず川の脇で荷物のそばに留まった者がいた。やがてダビデは勝利し、帰還する。そのときダビデと共に戦った者の中の一部が「彼らは我々と共に行かなかったのだ。我々が取り戻した戦利品を与える必要はない。」と主張する。そのときダビデは言った。「兄弟たちよ、主が与えてくださったものをそのようにしてはいけない。我々を守ってくださったのは主であり、襲って来たあの略奪隊を我々の手に渡されたのは主なのだ。」「荷物のそばにとどまっていた者の取り分は、戦いに出て行った者の取り分と同じでなければならない。皆、同じように分け合うのだ。」
 
この話はマタイによる福音書20章にあるぶどう園の農夫のたとえに似ている。こんな話だ。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うとき、まず夜明けに一日につき一デナリオンの約束で労働者をぶどう園に送った。九時ごろにも、十二時ごろと三時ごろにもまた同じようにした。さらにまた五時ごろにも雇い手のない者をその主人は「あなた達も葡萄園に行きなさい」と言って働き場を与えたというのだ。
夕方になって、その日の賃金を払うとき主人は五時ごろに雇われた人にも朝から来た者にも平等に一デナリオンずつ渡したのだった。これでは朝早くから働いた者が不平を言うのも無理はない。「最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。」
だが主人はその一人に答えた。「友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。」
 
信仰を第三者の立場から眺めることは誤りであることをこの二つの話は教えている。私は教会で役を担っているのにあの人は礼拝が終わると直ぐに帰っていく。掃除にも来ない人がいる。どうして平等に教会の務めを果たさないのか。こう私たちは思いがちである。だがこれは違う。

信仰は主が一人ひとりに向き合って、その個人に与え給う恵みである。私たちはそれをいただく一人である。荷物のそばにとどまっていた者、最後に雇われた農夫、その人こそが私であることを知らねばならない。

| | コメント (0)

2009年3月25日 (水)

手作りと既製品の違い

1人で昼の食事をするようになって1年以上経った。なんとか食事が取れていることをありがたいとしなくてはならないだろう。
この1年の間に食事の仕方も変わってきた。当初はインターネットを利用して購入した冷凍食品などをレンジにかけて食べていた。1食600円の食品などはなかなかいい味がするものだ。
だが、最近この方法にも飽きが来た。その最大の理由は何度食してもまったく同一の味がすることだ。一週間分のメニュウがセットされたものはまだいいのだが、例えば味噌汁など毎日取るものにいたっては昨日も今日も同じものでは飽きが来ようというものである。
もう1つ食事の取り方に変化をもたらした理由は食事をあまり重視しなくなったことによる。健康に生きるには食事に注意を払い、食材やカロリーなどを考慮しながら食べねばならないなどと几帳面に考えていた当初に比べ、最近は昼飯は低カロリーの素食でも問題ないと高をくくっているのだ。パンをかじって、牛乳を飲み、バナナを剥けばもうそれでいいとしているのである。運動量の少ない老人にはかえってこれが健康食かもしれない。
 
既製品の味に比べて、以前用意してもらった昼飯は楽しく、ほのぼのしていた。多少味が濃かろうが薄かろうがそこには温かさがあった。
味にこだわらない現代の家庭は朝餉にもインスタント食品を使う。毎朝ワンパターンの味噌汁を出される旦那衆はどんな思いで食事をして出勤していくのだろう。

| | コメント (0)

2009年3月24日 (火)

今日の出来事

ハルちゃんが小学校を卒業した。
在京の孫のユーちゃんも卒業である。
その兄のヒロキは中学の卒業式を先日終えた。都立T高校にも合格し、一安心といったところだ。
孫たちがこうして成長していく。親たちを育てた記憶が新しいのに現実はもう孫がその歳に近づいているのだ。
妻がいたらどんなにか喜んだことだろう。
 
しばらくぶりでデーサービスに行き、仲間に会い、ひと時を過ごした。皆脳梗塞の後遺症をもっている。同じ体験をした人たちが少しずつ機能を回復していくようすを語り合い、共有しあっている。
 
大学時代の友から一行詩の冊子を送って来た。少人数の仲間でやっているのにまた退会者がいて残念だと言っていた。こう返事を書いた。

飛び梅のごとく飛びたし妻の許  悠歩
  ・素直な気持ちでしょうね、感情がストレートで好きです。(aさん)
  ・心侘しく、一人彷徨う。人生野垂れ死にかな。(bさん)
 
妻恋にあてられて、飛梅も赤くなってるかも~♪(cさん)
 
単身赴任者の「妻恋句」?きっと奥様も同じ気持ちでしょう。(dさん)
「点睛」をありがとうございます。仲間の減少は残念ですが、一行詩を愛する人だけでお楽しみください。
上の俳句はインターネット句会のものです。悠歩は小生の俳号です。選評をいただくのは嬉しいことです。
 なんとか自分の生き方を見つけようとしている毎日です。

妻の病気で遠ざかっていたインターネット句会を再び始めた。嬉しいことに2人の方が選んでくれた。

| | コメント (0)

2009年3月23日 (月)

再び教会役員に

昨日の総会で教会役員に選出されてしまった。規則によって6年間連続して役員を務めると再選できないので一昨年は役員から降りた。昨年は妻の入院があって皆さんが配慮してくださったのだろう。こうして2年間非役員だったのだが、今回又選ばれたというわけだ。
夕方になると疲れが出るし股関節、右肩、右肘も痛い。体全体も本調子ではない気がする。動作も緩慢になっている。こんな状態で役員が務まるかという心配もあるが、教会総会の決定の上には主の御心があることを信じ、このように弱っている私を神は必要とし、守ってくださるに違いないと判断し務めようと思う。

| | コメント (0)

2009年3月22日 (日)

レントの祈り

慈愛に富みたもう天の父なる神様。
 厳しい冬が去り、木々に緑が多くなった今日、こうしてあなたによって呼び出され、あなたに連なる兄弟姉妹と今朝も礼拝が守れますことを心から感謝いたします。

私たちは今レントの時を過ごしています。主イエスの御苦しみをもう一度深く覚え、その贖いの恵みに感謝する日々を送ることを得させてください。主が十字架で血を流され、肉を裂かれて私たちをお救いをくださったその恵みと苦しみをこのレントの時に信仰を持っておぼえることができますように導いてください。

神様、私たちは今日、臨時教会総会を持とうとしています。今年度私たちはあなたに聖日ごとに礼拝を献げ、教会行事を行い、祈りを共に合わせてきました。秋にはあなたが百二十年の間導いてくださったことを感謝し創設百二十周年記念の礼拝を持つこともできました。一方また、親しく信仰生活を共にした兄弟姉妹をあなたの御許にお送りしました。

どうぞ午後の総会において私たちがこの一年のあなたの導きに感謝し、私たちに与えられている課題を確認し、希望を持って新しい年度を始めることが出来ますように聖霊の導きをお与えください。召された兄弟姉妹の信仰をあなたの助けによって私たちが来年度も継承していくことができますようにお願いいたします。

これからあなたの御言葉を聞こうとしております。どうぞあなたによって選ばれているわたしたちが御言葉によって強められ、あなたの弟子として日々を送る力を与えられますように。

 御言葉を取り次ぐ先生を励まし、祝してください。

 本日ここに集うことができない兄弟姉妹方にも豊かに恵みをお与え下さい。特に病床の友を顧みてくださいますように祈ります。

これらの感謝と祈り、私たちの主なるイエス・キリストのお名前によって御前に献げます。 アーメン

| | コメント (0)

2009年3月20日 (金)

二世代の格差

古い話になる。
私には姉が3人いた。兄嫁の生活も見てきた。その女性たちにとって結婚するとは相手の家との結婚でもあった。だから、例えば実家に帰るときは、盆や正月明けが中心で、他には特別の理由のあるときだけだった。
そのときでさえ、夫の許しのもとに帰省するのではなく親の許可を得て、「帰らせてもらう」という体だった。
姉や兄嫁のそんな環境を見てきた者にとって、現代の夫婦中心の社会に適応するには自分の中の古い部分を押さえ込まねばならない難しさがある。
若い者は実家に帰るときにももちろん私たち親の許可などとることはない。そればかりか、帰省のスケデュールさえ親には説明しない。
それぞれ独立している世帯だから、そして家同士の結婚ではないのだからそれは非難されることではないのだが、身近に生活する者として、この格差は大きすぎる。

| | コメント (0)

2009年3月18日 (水)

新世界の誕生

祈りの会に出席。以前なら杖でスロープを上って会堂に入れたのだがそれが出来なくなってしまった。
自動車で玄関脇に着くと、牧師がタイミングよく玄関ホールにある車椅子を持ってきてくださる。そして足が弱くなって立ち上がる力がなくなった私を、腰に手を回しベルトを持って車椅子に引き上げてくれる。その後、スロープを車イスを押して祈りの会を持つホールへと移動するのだ。
この一連の介助は祈りの会だけではなく聖日ごとに繰り返されている。聖日には玄関ホールで受付をしている兄弟が私の車が右接して駐車場に入るとそれをすばやく見つけ、「おはようございます」と言いながら出て来てくださるのだ。
教会ではこれがごく普通に繰り返されるようになった。
新しい世界が誕生しているのだろう。

| | コメント (0)

2009年3月16日 (月)

娘との一日

家の者が皆上京してしまった。長男の連れ合いの弟の結婚式に行ったのだ。私1人でも一晩くらいはどうにかなると思ったが、娘が相棒と一緒に来てくれて土日を過ごしてくれた。
妻のために花を持参し、まず遺影の脇に供えた。そしてお茶を入れたのだが、家の者と違って炬燵に一緒に入って雑談をしながら時間を過ごしてくれた。夕御飯も同様だ。
いつも1人で生活している者にとってはこうして共に時間を過ごしてくれることはうれしい。
 
昨日は日曜日。礼拝にも付き添ってくれた。教会では礼拝に来た人はまず出席者名簿に記帳する。私は娘が小学生の頃いつも連れて行って、自分の姓名を書き、その下の欄に「〃」と書いて娘の名前を書いた。昨日もこの動作を懐かしく思いながら繰り返した。すると娘が「違うよ」と言い、姓を書き換えた。そうだった、結婚しているんだ、と私は思わず苦笑した。
 
家に帰り、昨日が誕生日だという相棒に娘はプレゼントをあげた。そして、半月早いけどハイ、と私にも飾りのついた袋を差し出した。紺色の薄手のカーディガンが入っていた。
彼の誕生日と聞いて、私の提案でお寿司を取り寄せ、共に食して2人は帰っていった。
 
携帯メールで私の喜びを伝えようかとも考えたが、それは私の中に大切にしまっておこうと思いなおして、眠りについた。

| | コメント (0)

2009年3月13日 (金)

そけいヘルニア

そけい部に最近違和感がある。左に比べて右の下腹部が盛り上がっている感があるのだ。右側は麻痺がないから力も入る。それゆえ筋肉もついているのかとも考えたが、どうも筋肉ではないらしい。
力を入れて立ち上がると小さなおはぎでも入っているようになってきてしまった。昨日ネットで調べるとヘルニアらしいことがわかった。そうとなると気になってしかたがない。
天気予報が外れて午前中は雨にならなかったので姉に付き添ってもらって病院に行くことにした。
以前は恥部をさらすことに大変な抵抗感があって下半身の診療科にはかかれなかったが、今はそんなこともなくなった。看護師さんに手伝ってもらってパンツを下げ、診察を受けた。
間違いなくそけいヘルニアだとの診断。治療は手術しかないそうだが、ただ、痛いとか気になって仕方がないのでないならば今すぐに手術はしなくていいとのこと。
一安心である。
加齢は多種多様の病気をつれてくるものだ。

| | コメント (0)

2009年3月12日 (木)

残る人生、何をなすべきか

妻の死に遭遇してから死が遠い出来事ではなくなった。現実味を帯び、少し先方に実体をもって存在している気がする。
この二三ヶ月不要になった本を始末し、ブックオフに持っていってもらったり、書き溜めた文章の印刷物を破棄したりしている。本を新規に購入することもない。以前から高画質の写真印刷が出来るプリンターが欲しかったのだが、一方でそのプリンターでよい作品を作ってもそれにどんな価値があるのだろう、やがて不要になるのではないかという疑念も湧く。
極論すると死の前の作業が死に行く者にどれだけの意味があるかという一種の空しさを心のどこかに宿すようになってしまったのだ。
そんな中で死の後に関係を持つ救い主との関係をより確かなものにしておきたいという願いだけは強くなっている。それは聖書に聞くことである。他のことが目に見え、触って確認できることでありやがて消え行くことであるのに対し、聖書の言葉は見えない神の姿を伝えるのだがそれは永遠である。そう思って、一日一章を読み続けている。
だが、死の意味を決定付けるのはその人がどんな生き方をしてきたかによるとも言われる。やがて行く御国で祝されるためには現実のこの世で神の御子としてふさわしく生きねばならない。御国に憧れてこの世の生活をおろそかにしていいというわけではないのだ。
では如何なる生き方をすべきか。そのことが問われてくる。

| | コメント (0)

2009年3月11日 (水)

生活スタイルの変更

同じタイトルで以前日記を書いたことがある。それだけ生活スタイルの変更は難しいということだろう。
本来なら水曜日は祈りの会に行くのだが、疲れがあって休むことにした。生活費も引き出さねばならなかった。十時から開く大型スーパーに行く準備を九時過ぎから始めた。戸締りをしたり、火の元を確かめたりしていると直ぐに十時近くになった。
電動車椅子に乗って外に出ると北風が冷たい。家の間の小道を走る間はまだいいのだが国道に出るともろに風を身に浴びる。
スーパーには十時少し前に着いて、郵貯のATMは開いていなかった。店に入るとここもまだ準備中。うどんとお寿司がセットになったものは陳列されていない。仕方なし、ヒカちゃんの消しゴムと入れ歯洗浄剤を買って時間を潰す。
その後目当ての食材を買って会計を済ます。まだ時間が早いからATMのディスプレーが光ることもなく無事に引き出しが出来た。
また寒風の中帰宅すると体がガタガタ震えていた。急いでトイレに入り、炬燵に入って落ち着く。すっかり疲れた。
一人の生活は大変である。もう妻がいなくなって一年が過ぎるのに、まだ自分の生活が確立していないのだ。

| | コメント (0)

2009年3月 9日 (月)

確定申告に行く

昨年は妻が入院だったので初めて確定申告なるものを行った。今年は一人身、否応なく私が行かねばならなかった。申告の日が地域ごとに割り振られているのだが、明日の天気が心配なので他の地域の日であったが行ってきた。
十時半ごろ役場についた。だが、会場に行くと大勢の人が待っていた。80番という番号札を取った。6箇所のブースに分かれて係りが相手をしていたが、なんとまだ50番の人が対象であった。
12時ごろ、ようやく私の番が来た。会場を見渡すともう誰もいない。運がよかったと言うべきか、私は午前の最後の人になっていたのだ。
税金に関してはまったくの素人。必要な資料を提出してあとは係りにお任せである。来年は妻の所得控除などがなくなるので税金などに注意が必要とか、そんなアドバイスを受けて帰ってきた。課税対象額を少しでも減額するためには控除のための資料を多く集めることが得策、そんなことを学んだような気もする。

| | コメント (0)

2009年3月 7日 (土)

朝寝坊

目覚めたときは8時10分。6時過ぎにトイレに起きてうとうとしたらもうそんな時間になっていた。目覚ましにも気づかないなんて珍しいことだ。
昨日デイサービスに行ったためだろう。雨脚が強く、迎えに来てくれた自動車のルーフに当たる音がしっかり聞こえるほどだった。一人では決して外出しないような中出て行って、トレーニングをし、マッサージを受け、新しく加わった目と耳の不自由な87歳のTさんと大声で話しながら交わりをした昨日だった。帰りも一向に衰えない雨の中帰宅したのだ。
特に疲れを感じることなく夕べを迎えたのだが、やはり程よく疲労はたまっていたのだろう。
デイサービスの内容は単純で、私の体の改善にどれほどの効果があるかは不明だが、外出して交わりを持つことが一つの生活への色付けになっているのかもしれない。

| | コメント (0)

2009年3月 5日 (木)

春の日や

春の日や句会の後の一眠り
 
暖房の要らない暖かい朝。たくさんのご馳走に囲まれて定例句会を楽しむ。赤飯、稲荷寿司、蕗のとうとシシャモの天婦羅、ほうれん草のおひたし、ゆで卵などなどが炬燵の上に所狭しと並んだ。未だ、蕗のトウの苦味が口に残って余韻を引いている。
 
今日の多選句。
一人寝の雨戸揺さぶり春嵐  悠歩
大笊に菜ばな商ふ道の駅  洋子
春寒や病魔十日も居座りぬ いく
早々と畑を染めて仏の座  いく
里からの葱の荷ほどき夕支度 洋子
梅の香やしばし留まる散歩道 悠歩
飛び梅のごとく飛びたし妻の許 悠歩
白梅や村天神の鈴やまず   洋子

| | コメント (0)

2009年3月 3日 (火)

今日の聖書

イエスの系譜をたどる聖書の旅は今サムエル記上にたどり着いた。
人々は王を求め、ついにサウルがその人になる。人は主の救いより、王の支配を求めたのだろう。だが主はこう言っている。「あなたたちは今日、あらゆる災難や苦難からあなたたちを救われたあなたたちの主を退け『我らの上に王を立ててください』と主に願っている。」
王となったサウルは戦で勝利を収め、相手の民から取ってはいけないとされる羊と牛の最上の肉を、主への供え物として持ってきた。そのときのサムエルの言葉。「主が喜ばれるのは焼き尽くす献げ物やいけにえであろうか。むしろ、主の御声に聞き従うことではないのか。見よ、聞き従うことはいけにえにまさり、耳を傾けることは雄牛の脂肪にまさる。」(サムエル記15章22節)

| | コメント (0)

2009年3月 2日 (月)

北風の強い日

関東北部は赤城下ろしの北風が強い。青い空が抜けるような日なのだが庭のエゴノキの枯れ枝にはビニールの袋がどこからか飛んできて引っかかっている。
いつものようにハルちゃんを駅まで送る。杖で歩けなくなったので車椅子で車のところまで行き、車椅子をそのまま置いて行ってきた。
帰ってみると車椅子が向きを変えていた。そのままでは車から出ることが出来ない。ゆっくりとドアを開けたままバックして車椅子に手をやると、左側のブレーキは行くときに掛けたまましっかりと利いていた。そうだ。右側のブレーキを掛けずに行ったので風で回転してしまったのだ。
自動車から下りてスロープを上がる。途中にライアンがつないであるのだが、いつもは甘えてひざの上に上りたがる彼もさすが今日は寒いと見えてスロープと書斎の壁の間の谷間に丸まったままこちらを見向きもしなかった。

| | コメント (0)

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »