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2009年2月

2009年2月28日 (土)

原監督の父の助言

今日の朝日新聞土曜版にこんな話が載っていた。今度のWBCの監督を務める原辰徳さんが父親から受けた唯一の助言の話だ。原さんによるとお父さんから巨人の監督就任に当たって一度だけアドバイスをもらったという。その内容は悩みごとや考えごとがいろいろ増えるだろうが「床について枕に頭をつけたら、考えごとをしてはいけない。考えるなら、イスに座って電気をつけて考えなさい」ということだった。
原さん自身連敗で眠れない時このことを思い出し、「電気をつけて座ると、実は大したことを考えていな」かったことに気づいたというのだ。「寝た状態だとネガティブになってしまう」と話の最後に原さんは言っていた。
なるほどこれはいい話だ。暗闇の中で一人寝ながら考えごとをするとネガティブな連想が途切れることなく広がっていく。不安に押しつぶされそうになる。しかし、翌朝もう一度それを思い出そうとしてもいったいなんだったかわからず仕舞いになることさえある。
イスに座って電気をつけて考えろ、この言葉を覚えておこう。

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2009年2月26日 (木)

「こころの便り」を更新

HP「こころの便り」(http://homepage3.nifty.com/bridge2/kokoro.html)を更新した。と言っても内容は相変わらず妻の闘病記である。今回はその最後とも言うべき妻が召される前後の事を書いている。
思えば昨年の今頃はI市民病院で放射線の治療を受けていたのだ。17kmほどあるその病院にわたしは元気に通って妻を励ましていた。
だが最近はそれほどの元気がない。股関節の不具合もあるがそれだけではなく1人の生活の疲れがでているのだろう。
昨日は雨が上がった隙を見て、役場に行きETC割引の更新手続きを済ませてきた。近く、確定申告にも行かねばならない。また、なるべく早く自動車に車イスを積み込む装置を取り付ける必要もある。
あれこれやらねばならないことは多いが、動きが制限されて、結局家でちぢこまっているというのが実際である。

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2009年2月25日 (水)

今月の俳句

祈りの会に行こうとして準備を整えて玄関に出ると外は小雨。日曜の夜の発熱から立ち直ってようやく外出を決心したのに残念だ。
今朝は今月の俳句を載せよう。

一人寝の雨戸揺さぶり春嵐
愛の日やチョコ食みながらひとり笑む
畑焼や青き煙の七変化
飛び梅のごとく飛びたし妻の許
白き皿苺アスパラ目玉焼き
春嵐顔低くして車イス
春眠や妻のベッドは空なりき
梅の香やしばし留まる散歩道
  
妻がいなくなってめっきり外出が少なくなった。買い物や通院にお供することがわたしにはよい外出の機会だったのだと今になって思う。

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2009年2月24日 (火)

受精卵取り違え事件

香川県立中央病院の医師が体外受精をした受精卵を取り違え、ご本人のものでない受精卵を移植してしまい、妊娠10週目になって人工中絶したという記事が最近新聞に何度も載っている。
昨日の朝日には取り違えの過程がまた報道されていた。それを読んでいるうちに、人間の命の誕生という厳粛なことにおいて、現代ではその畏れの本質が忘れられ、メカニズムの有効性に主眼が置かれているような気がしてきた。
記事の中から気づいた言葉を抜き出してみると、命の萌芽である受精卵は「シャーレ」の中で、複数個作られるらしいのだが、体内に帰されるもの以外は「廃棄」されるという。そは「作業台」で行われる。不幸なことが起こった原因は他の方の「廃棄」する受精卵を「作業台」に「置き忘れ」たまま、この度中絶した方の受精卵を並べたことにある、とのことだった。
いろいろな理由で妊娠が自然な形ではできない方にとっては体外受精という方法も必要なのかもしれないが、今度の医師のように同一作業を繰り返していると、与えられる命に対する畏敬の念が消えうせ、人間の誕生は医療のプロセスの問題となってしまうのではないかと恐れるのである。

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2009年2月22日 (日)

追体験の重さ

一昨日午後6時からM兄の前夜式があり、昨日は午後1時から葬儀が執り行われた。この世の務めをなし終えて、痛みや苦しみから解き放たれ、一連の旅路の最後の行程の天への旅へ兄が向かったことを感謝のうちに確認する言葉が何度も牧師の口からは発せられた。
また、一人残された奥様の悲しみの癒しを乞う祈りも同様に捧げられた。
これは妻を同じように送った者にとっては重い出来事であった。賛美をするうちに思わず涙が頬を伝わるのを禁じえない両日であった。
前夜式にはママに送迎の労をとってもらい、葬儀の帰りは教会のT兄の好意に与ったのだったが、こうした援助は一人残された悲しみを追体験する者にはありがたいことだった。
今日も礼拝で教会に行ったが、疲労が体に広がっていることを感じながらの一日であった。

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2009年2月19日 (木)

友逝く、神様のご計画

予定では今朝我家で地区集会が持たれるはずであった。民数記を読み、メッセージをいただく予定であった。だが、神はこの会を中止させた。それは教会の一人の兄弟M兄が昨晩神の許に召されたからである。
M兄はわたしが転会してくる頃からしばらく教会の役員をしていた。ボルボに乗る粋な方で世慣れた紳士であった。最近はお住まいになる団地の役員を引き受け、それが多忙とかであまり礼拝にお見えにならなくなっていた。
妻の病状も知らず、亡くなってから驚いていたのだが、その兄が同じガンでこんなに早く召されてしまった。
妻が召されてから身近で初めての召天者である。今朝牧師から連絡を受け、神様、何故あなたはこうして悲しみをお与えになるのですか、しかしあなたはこの悲しみを御心に留めておられるのですから、どうぞ奥様を始めM兄につながる方を支えてくださいと、妻の召天を覚えながら声に出して祈った。
明日はデイサービスの日だが、これを休んで前夜式に行こう。ご家庭の皆様とはまったく面識はないが、神の意思に礼拝でもう一度与りたいと願う。

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2009年2月17日 (火)

デイサービス

火曜日と金曜日はデイサービスの日。12時半ごろ車が迎えに来てくれる。それまでに昼食を終え、家の熱器具を点検しなければいけないから午前中は落ち着かない。だが、サービスを受けているときの心地よさは格別である。
お茶を頂き、熱と血圧を測り、準備体操をしてから機械に乗って足や上肢の強化訓練をするのだが、一つ一つの場面でスタッフが体に触れて援助してくれる。日常の生活では一人で事故のないように気遣いながら動くことが多いので、この援助はなんとも心地よいのだ。
機械の訓練が終わるとベッドで足腰のマッサージを受ける。もう忘れていた他人からの足腰への思いやりである。
いったいこんな訓練でどれだけ筋力の維持あるいは向上が期待できるかはわからないが体に関心を向けてくださる方がいるという時間をもてるだけでも貴重なことだ。

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2009年2月16日 (月)

1人と2人

昨日も教会の礼拝に与った。家から自分の運転で教会に着くとちょうど本庄市の北部に位置する、まだ畑地が広がる旧H村からご夫婦でやってくるTさんの車も教会に来たところだった。Tさんは自分の畑で取れた野菜を抱えて(この野菜は教会員が自由な額で買う。それは教会の自由献金になる)「今、来ます、待っててください」とひとまず会堂内に入ってから車イスを持って迎えに来てくださった。
今までは必ず妻がいてわたしの荷物を運んだり、家で若い者が飲んだビールの空き缶を持って車を降りたものだ(空き缶はNさんが関係している障害を持つ人の通所施設の作業に用いられる)。
こうして誰かの助けを借りて会堂に入る。そしていつもの場所に席を占める。ここも以前なら妻と2人が並んだものだ。
ふと昨日気づいたのだが、あらゆる場所で、場面で、わたしは1人になった。それは客観的事実である。わたしに対峙してくださる人も1人を相手にして、車イスの世話をし、語りかけ、お茶を入れてくれる。
だが、わたしはまだ1人になっているという実感がないのだ。客観的事実と異なり、わたしの傍には、いやわたしの中にはいつも妻がいる。どんな場面からも妻を消し去ることができない。42年一緒に生きてきてわたしは妻と不可分の人となってしまった。
  
もう一つの今日の話題。この二晩、座布団を二枚重ねにして足の下に入れて寝た。すると腰に痛みが出なかった。偶然か、意味ある事実か。今夜も試してみる。

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2009年2月14日 (土)

股関節の痛み

一晩に数回目覚める。右股関節の痛みのためである。寝始めはいいのだが、二時間もすると骨頭の周辺が痛い。一人の部屋なので他人に迷惑をかけないから、電気をつけて起き上がる。だが夜中ゆえ、部屋も寒い。そのまま起きているわけにもいかず、また蒲団をかけて寝る。痛まず朝を迎えられればいいのだが、しばらくして又目覚めるといった始末である。
先日整形外科の医師に尋ねても痛みの原因はハッキリしなかった。ただ痛み止めを試しにもらっただけである。どうもそのクスリもあまり効果はないようだ。最近両足がむくんだように太くなってしまった。痛み止めの副作用で腎機能に影響がでたのでは、と要らぬ心配をしている。起きている時よりも就寝時が痛みがひどいというのがなんとも不思議である。
昨日は訓練で少しがんばりすぎたため、痛みがひどかったのかとも思う。
なんとか痛みがなくなってほしいものだ。

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2009年2月12日 (木)

意欲のある人

2月の定例句会は先週の木曜日に無事終了した。
わたしが世話役なので皆さんが定例の日の1週間前ごろまでに郵便やFAXで作品を送ってくる。今回もそうしたのだが、2人の方は一度送ってきてから、その後推敲しなおして、もう一度「間に合いますか」と言いながら再度送ってきた。
わたしが年齢的には最も若く、皆さんは多分70代半ばらしいのだが、少しでもよい作品を作ろうとされている姿には感心する。
先日の多選句は下記のものであった。
 
日溜りやハエの仕草を眺めをり     悠歩
春の香を愛でつ畦道犬連れて      ひさい
盆栽の梅が咲いたよ夫が呼ぶ      ようこ
家並みを影絵となせり冬茜        いく

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2009年2月11日 (水)

よき友

Sugiura妻の友人のSさんがまた絵葉書と言葉を送ってきてくれた。不自由な手で描いた絵を印刷した葉書である。同封された言葉はこうであった。
「主の御名を賛美します。
K子さんを亡くし、どんなに悲しい思いだったでしょう。わたしもここまで来たことは家族があってのことです。ガンという病にかかったK子さんはご主人をおいてゆかなければと思ったことでしょう。
奥様はとてもやさいい人でした。「わたしはあなたのそばにいます」と約束してくれた主イエス様に感謝しましょうね。
わたしの絵をご覧になって下さい。決して上手に描けたとは。でも主とともに描いたものです。お体を大切にしてください。感謝して。」
  
妻の葬儀には一本の杖をついて東京から来てくださった友である。わたしはこの一度だけの触れ合いであるが、妻が病を得てから彼女はもうたくさんの絵を送ってきている。わたしはこう返事を書いた。

主の御名を賛美します。
今日はお便りと絵葉書をありがとうございました。いつもこうして心にかけてくださり感謝します。
絵の素晴らしさにはいつも驚いています。水彩画だと思いますが本当に優しい、美しいタッチですね。
私は以前にいただいた何枚かの絵を困難な中にいる友への絵葉書として使わせていただきました。きっと皆さんが絵によって慰めをいただいていることでしょう。
妻への思いは尽きません。写真が花と共に飾ってあるテーブルの傍にいるとつい語りかけてしまいます。彼女の息遣いも感じられる気がします。
寒さが未だ続きます。どうぞお元気でお過ごしください。

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2009年2月 9日 (月)

妻と分け合った日々

思えば昨年の今頃は緊張の連続だった。肺がんが仙骨に転移したことがわかり、治療の目鼻をつけなければならないときだった。入院は前年に続いて再度のことであったが、新しい局面に遭遇し全神経を集中してことに当たっていたのだった。
最近、妻の遺品を整理していたら長男誕生の日の私の日記が出てきた。そしてそこにも妻の入院の様子が書かれていたのである。長男は帝王切開で生まれた。だから普通分娩と違って妻の苦しみの様子が書かれている。腰の痛みに耐え、点滴の処置を受ける様子などなどが綴られているのである。
それを読みながら妻は何回彼女の生涯において入院治療をしただろうかと私はふと考えた。丈夫な彼女ではあったが意外に入院回数は多いのだ。
もちろん4人の子供の出産には入院があるが、他に白内障の治療で2回、肩の脂肪腫をとるために一度、それから癌の治療で3回、これらを総合したら何日になるだろう。
家にいてはどんなに辛くとも私の朝食を用意しないなどということはしなかった彼女だったが、私から離れてベッドで治療の日を送ったこともこんなにたくさんあったことを私は忘れていた。別な言い方をすればそれらの日々、私は彼女の傍らに共にいたのだ。世話ばかり受けていたような気がしていたのだが、こうして一緒に苦しみを分け合って、42年間を生きてきた私たちであったのだ。

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2009年2月 7日 (土)

教会の大きさ

主イエス誕生までの系図をたどる旅は土師記に至っている。
その7章にはギデオンがミディアン人を倒す経緯が書かれている。ミディアン人達の勢力は強大でその数、イナゴのように数多く、らくだも海辺の砂のようであった。それに闘いを挑むには相手に勝る戦力を必要としよう。事実、ギデオンは多くの戦士を持っていた。
その時、主はギデオンにこう言った。「あなたの率いる民は多すぎるので、ミディアン人をその手に渡すわけにはいかない。渡せば、イスラエルはわたしに向かって心がおごり、自分の手で救いを勝ち取ったと言うであろう。」
ギデオンは兵士の数を1万人に絞り、それでも主に御心にそぐわず、最後には300人でミディアン人に立ち向かうこととなったのだった。
こうして主はギデオンにミディアン人を渡すことなった。
この話は私たちの信仰の姿勢によい示唆を与えるように思う。今どこの教会も老齢化し、若者が新たに加わることがなく、それゆえ、教会が弱体化していると心配し、弱音を吐いている。逆に、大きな教会は神にその勢力を感謝しているかもしれない。
だが問題の本質は教会員の数ではない。己が神にどれだけ喜ばれる信仰を持っているか、それが問われているのだ。
ギデオンの話をこう読んだら誤りであろうか。

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2009年2月 6日 (金)

人間味のあるリハビリテーション

心温まる半日であった。
車で迎えに来ていただき、トレイニングの間も十分気をつけてもらい、やさしいメニュウで体を動かした。一つ一つのトレイニングを受けるには場所を変えねばならないが、そのたびに自然体で援助を受けたのだった。
その後、ベッドに横になり、腰や腹部を暖める時間もあった。そして両足のマッサージを軽く受けて全てが終わった。
利用者は今日の午後は3人。スタッフが4人。贅沢な時間である。
帰りは車イスごと乗れる車で送ってもらった。
週に二日、こんな時間があるのもいいだろう。

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2009年2月 4日 (水)

介護保険は契約保険

 午後ケマネさんとデーサービスの実施者の方が見えた。これから受けることになった介護保険を利用したサービスの契約手続きを行うためだ。
 1時半においでになり、まずケアマネさんが介護サービス・支援計画書を見せてくれた。学校で云えば教育計画のようなもので支援を受けるものすなわち私の現状と目標、支援計画などがこまごまと書かれている。これに沿って月間のサービス利用表がもう一枚あった。
 次に新たにサービスを受けることになったデーサービスの管理者との間に利用契約書を作成した。まるで家でも建てるように数箇所にわたって氏名、住所を書き込み、押印をしたのだ。
 介護保険を受けることは契約書類を作ることから始まるとはいえなんと2時間も掛かるとは驚きである。
 こんなわけで、早速明後日から身体の機能向上、いや現状維持を目指して週2回の訓練を受けることとなった。

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2009年2月 3日 (火)

一日の課題

9時前に家を出て病院に向かう。途中、姉の家に寄り、同道してもらう。病院で車イスを降ろしてもらってまずは整形外科に掛かる。股関節の痛み、手術等の処置はとりようがないので薬で対処することにした。下肢の骨頭が本来納まるべきところからずれている。レントゲンフィルムが示されたら写真を撮るつもりでカメラを持参したが、コンピューターの画像になっていて目的を達成できず。手術や検査入院にならず内心ホッとする。続いて眼科。6か月の定期検査。問題なし。左目は未だ白内障が手術の必要段階にない。帰り、姉にコンビニで昼食を買ってもらう。いつものごとくお金は姉が払う。姉は私を家族のように思っているのだろう。家に帰り、昼食を済ませて、電動車椅子で郵便局へ。現金引き出しと通帳記入を行う。現金はママの弟の結婚祝いのため。薬局にも寄って処方された薬をもらう。薬局のかつての主人は私の父のよき友人だった。そのためか、その息子さんの奥さんが親しく接してくれる。先日「母の背、友の背、イエスの背」を差し上げたら、その本は今、魚屋の奥さんのところに回っているとのこと。これらすべてを済ませて、今3時。まだ、朝刊を読んでいない。

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