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2009年1月 3日 (土)

ヤコブの闘い

Yaboku 子ども達とその家族が勢ぞろいして賑やかな、贅沢な時間を過ごした。
三男は子どもをつれて元日から来ていた。卓球が好きな子供のために買った卓球台を持っての帰省だった。お陰で我家は元日から卓球大会の会場になった。
そこに長女が連れ合いと午後になって合流した。妻の墓に花を供え、家にも持参して写真を飾ってくれた。鎌倉に初詣に行ったとかで幾つかの和菓子も持ってきた。
ハルちゃんが長男とテニス大会に出かけ、二回戦まで勝ち抜いて夕方帰ってきたころには孫たちはお年玉を覗いたり、テレビを楽しんでいたし、大人たちは我家が導入したIHクッキングヒータの使用方法などに話の花が咲いていた。
ビールも出て賑わいが盛り上がった頃、玄関のチャイムが鳴って、なんと次男が目のくりくりした女性を連れて現れたのだった。
ヒカちゃんはこんなときでも何か活動することを見つけなくては気がすまない。それは全員が参加する腕相撲であった。トーナメント表を作り、新しく加わったH子さんも引き込んで、勝負に歓声を上げながらしばらくの間テーブルは格闘場に変わったのである。
私は一人、座椅子にもたれてこの光景を満たされた思いで見詰めていた。ただ一つ、妻がこの場にいないことが小さな穴を私の中に作っていることを意識しながら。
 
聖書の人物の系譜を整理していることは昨日記した。もうヤコブとその子どもたちのところまで系統図を書き終えている。
ヤコブは神様に祝福されて大勢の子供に恵まれる。だが、その子供は父イサクの家で平和に暮らしているときに与えられたのではなかった。兄エソウから逃れた異国の地、叔父ラバンの元で働かされているときだった。その犠牲の時を神によって守られ、ヤコブはようやく兄の住むカナンへの帰途に着いたのだが、その途中、不意になにものかに襲われ、格闘する。長時間の闘いの果てに、ヤコブは腿の関節が外れてしまったという。以後ヤコブは痛めた腿を引きずりながらカナンへの旅を続けたのだった。
 
ながながと書き続けたのは、ふと私の股関節脱臼と子供たちが作っている平和な境遇がヤコブの話に重なっている気がしたからだ。私の腰の痛みは今も続く。寝ていても時々腰の位置を変えねばならない。
妻の病はヤコブを襲った神様だったのかもしれない。その神の試みを受けながら私の腰は外れたのだろう。だが、ヤコブと同様、私にも神様の支えと大勢の子供たちと孫たちがいる。
神の祝福を受けて今年もカナンへの道を進むことになる。

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