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2008年12月11日 (木)

見張り(衛士)が朝を待つこころ

昨日の続き。
今日も便りや贈り物が届く。多くの人の輪の中に置かれていることを実感し感謝。

浦安市で牧師をしているKさんからはこんなメッセージが届いた。
「クリスマスの便り、ありがとうございました。12月7日の説教でご夫妻のこと、カードの言葉を紹介させていただきました。いつも同行二人のお姿は忘れられません。クリスマスによる慰めと平安を祈ります」
  
先ほど電話してカードのお礼を述べた。Kさんは終戦の困難の中お母さんに連れられて朝鮮から引き上げてきた方である。途中、妹さんを亡くしている。お母さんの苦しみはいかばかりであったろう。
Kさんが成人し会社員となりお母さんに平和の時がようやく訪れたように見えたとき、Kさんは神様の召命を受け、神学校に行く。お母さんはこの世の平和をもう一度奪われることになった。
その上、Kさんが神学校で学びの途上、大学紛争で機動隊の導入を契機に大学側と対立し、彼は自主講座での学びの道を選び、やがて開拓伝道を始める。

電話でKさんは35年の牧師生活をしたと言っていた。障害を持つ人2名から始まった小さな伝道所は今や立派な独立した教会になっている。お母さんは「体がますます小さくなりましたが・・・家で穏やかに過ごして」いるとのこと。
Kさんは肝炎の治療で今辛い日々を送っているのだが、3月には引退をするという。
多くの困難を経験し、主に頼って生きるKさんであるから「主イエス・キリストの誕生を、見張りが朝を待つこころにもまして待ち望み、クリスマスには共に喜びに与りましょう」という私の言葉を礼拝でも紹介してくださったに違いない。

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