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2008年12月25日 (木)

「そうか、もう君はいないのか」

「ただいま」と 写真を撫でる 彼岸過ぎ
城山三郎氏の俳句である。
去年の春、同氏は亡くなったのだが、亡くなる前、1998年から書き綴った手帳が数冊仕事部屋に残されていたのだそうだ。
先日発売された「小説新潮」にそれが公表された。城山氏はこの手帳に忙しい日々の様子を書き込んでいるが、私がこの雑誌を買ったのは98年に亡くした妻容子さんへの追慕の情を何年にもわたって隠さず記録しているからである。
著名な作家で、社会的な活動も精力的に続けた彼が奥さんの死に関しては世間のどこにでもいる男の心情を持っていたことが手帳の書き込みからよくわかる。
上掲の俳句は容子さんの死後3年たっての句だが、今の私と同じ心境である。
タイトルに書いた文句は城山氏の著書の名前である。城山氏が亡くなる前年の2006年になって、容子さんが「最高最大のテーマ、俺でしか書けないテーマ」であると気づき、全力集中した作品のようだ。
妻は男にとって慈悲の権化のように尊い。

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