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2008年11月15日 (土)

死を肯定できる恵み

先日いただいたOさんの手紙から私の中に確かなものが生まれつつある。Oさんが妻の死を否定的にとらえるだけでなく、死がよいメッセージを発していることを教えてくれたからである。
植村正久が娘の死を嘆き悲しみつつも天に娘が加えられたことに目をやったように、死んだ人がこの世でどんな存在であったかが人に希望の光りを指し示してくれるのだ。
イエスキリストが葬られたとき女たちは落胆し、墓に眠る体に香油を塗るべく出かけた。そのとき天使が「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」とおっしゃったと聖書は語る。イエスの死は人を留める悲しみの終局ではなく、復活という死に打ち克つ希望の始まりだったのだ。
奉仕の生活の後に天に帰った妻の死を悲しむだけでなくその生き様に生かされて前へ行こう。死を感謝のうちに肯定していこう。

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