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2008年11月20日 (木)

支えられているという体験

肝臓の定期検診でCT検査を受けた。検査のたびに思うのだが検査室がもう少し暖かにならないものだろうか。機械の保全のためにはしかたないのだそうだが患者にとっては辛いことだ。
 
いつもはズボンを少し下げるだけで検査を受けられたのだが、今朝は金属製の補そう具まで外して受けるように指示された。そのためにはズボンも脱がねばならない。自力では腰を浮かせられないので検査技師の男性の力を借りた。

検査が終わると今度は補そう具を付け、ズボンを上げ、着衣をズボンの中に収めねばならない。検査台に寝ている姿勢ではなかなかやりにくいことだ。
幸いなことに造影剤を入れるために部屋にいた看護師さんを含め3人の女性が皆さんでこれらの動作を手伝ってくれた。腰を浮かす段になると力をあわせて持上げてもくださった。皆さんにお任せしてやってもらったのだが、それは幸せな時であった。
 
幸せとは自分の力でなく他人によって支えられている体験を味わったことを意味する。自分を無にして、周囲のものに自分を預けて、周囲のものに支えられていることを体験を通して知ることだ。
昔ニューカウンセリングの実習で「天国への旅」を体験したことがあった。周囲の方々が床に寝ている私をゆっくりと天井へと持上げていく。大勢の手が私を、頭、肩、背中、腰、太もも、足先それぞれのところで支えながら、ある人の手は大きく、ある人の手は震えながら、またある人の手は力強く、私はそれを感じながら持上げていってくれる。私は何もしないで、安全に、信頼の中に身をあずけていた。
 
今朝ははからずもその思い出につながる体験をしたのだ。

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