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2008年11月

2008年11月30日 (日)

アドベントの祈り

全てを治めたもう私たちの父なる神様、私たちはこの一週間あわただしく過ごして参りましたが、今朝はこうしてまたあなたのお導きのもと、日常の場所を離れ、教会に導かれました。あなたの限りない愛がここにあることを信じ、心から感謝いたします。

 神様、私たちは過ぐる週、あなたのもとへバザーをお捧げいたしました。天候が守られ、準備した事が無事に終わったことを心から感謝します。どうぞこの業を通してあなたがここにおられることを近隣の皆さんが知り、あなたの救いに導かれる道が開かれますように。また、力を出し合い、助け合って行ったこのバザーによって教会に集う私たちがより豊かに、共に主を証しする兄弟姉妹となることができますようにお導きください。

 神様、今日から私たちはあなたが私たちのためにこの世にお与えになられた御子イエスをお迎えするアドベントの日々を過ごします。苦しみ、悲しみ、不正が満ちているこの今の世にあなたは救いの御子を御遣わしになられます。どうぞ暗い寒い夜、見張りが朝を待つように私たちが心から御子イエスを待ち望む心を持つことが出来ますように。そして降誕の日には主にある兄弟姉妹こぞって御子を感謝して迎えることが出来ますように、これからの日々を整えてください。

 神様、今朝も礼拝に出席できない多くの兄弟姉妹のいることを思います。特に病を負って入院している姉妹を思います。どうぞ治療があなたによって力を得、姉妹をもう一度私たちのもとへ還すことができるものになりますように祈ります。ここにおられない方々、看護をしている方、働いている人、教会を遠ざかっている人、皆さんをどうぞ御心に留めてください。

 御言葉を取り次ぐ飯野先生を聖霊で満たしてください。

 これらの感謝、願いをあなたの御子、主イエス・キリストのお名前によって御前にお捧げいたします。 アーメン

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2008年11月28日 (金)

ヒカちゃんの俳句

「ひさい」さんから12月定例句会への投稿がファックスで送られてきた。その前には「いく」さんからも届いている。
炬燵に当たりながらそれを読んで喜んでいるとそばにいたヒカちゃん(小学3年の孫)が
 青い空トンボといっしょに竹トンボ
と即席で作句した。
思わず、いい俳句だね、と私は叫んだ。
ヒカちゃんは下校後は児童館でママが帰るまで過ごしている。そこでいろいろの活動をするらしいのだが、先日は竹とんぼを作ってきた。そして居間で上手に飛ばして遊んだのだ。上手く飛ばすと天井まで上がったり、広い居間の隅まで飛行する。
俳句はその竹とんぼが空高く飛んで、群れて飛ぶトンボと一緒に秋空に舞う様子を詠っている。なかなかいい。
来月の句会にわたしの句の中に入れて出してみようと思う。

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2008年11月27日 (木)

一段落

歯の治療が一段落した。ほんわか嬉しい感じである。
最初に掛かったのは2月だった。奥歯の一部が欠けて舌に当たって痛くてたまらない、そんな状態で歯科に駆け込んだ。
それから10ヵ月。妻の病状が緊急を要する時だけは行かなかったが、2週に一度の割で通院した。以前も書いたかも知れないが病院内の歯科なので、車イスでレントゲン室にもトイレにも不自由なくいけたことがよかった。
右奥歯の上下をブリッジにする治療を受けるのにこれだけの時間を必要としたのだ。同じ町に住んでいる姉がいつも付き添ってくれて、病院での車イス介助をしてくれたお陰である。
歯の治療は診察台に寝ているときに医師が来るのでよく顔を見ることができない。治療中はなおさらのことだ。だから、治療が終わった時、そのことをホッとした気分のなかで言ったら、「こんな私です。覚えておいてください」と丸顔の眼鏡をかけたクリクリする女性に挨拶された。いつもていねいな言葉をかけてくださった落ち着きのある先生のイメージとはちょっと違って面白かった。

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2008年11月26日 (水)

低料第三種郵便制度への誤解

新聞紙面から消えた話題のなかに低料第三種郵便制度悪用の事例がある。本来この制度を利用する条件を満たさないにもかかわらず不当に安い料金でダイレクトメールなどを送っていた広告会社などが新聞紙面でたたかれたのだ。
それは批判されて当然と言える。朝日新聞では二度三度この問題を記事にしたのだが、その中「キーワード」という小さな解説コーナーにおいてこの制度を説明しながら、私の記憶に間違いがなければ、この制度は一般の利用者の負担によって支えられている、という趣旨の一言を付加していた。
  
それが気になっていた矢先、23日の声欄に「郵便割引悪用再発を防いで」という投書が載った。60歳の主婦はその中で「そもそも悪用された『低料第三種郵便物』は私たち一般利用者の負担によって支えられているからだ」と「許せない行為」「に腹が立った」理由を述べていた。
この方は長年郵便局にお勤めだったそうだから職業柄料金制度をご存知なのかもしれないが、私は朝日新聞の「キーワード」などに影響されたのではないかとも思う。
  
同窓会や親睦団体の会費などならいざ知らず、公の郵便制度で障害を持つ人の社会参加や自立を保障する制度においてその利用料を「一般利用者が負担する」などということがありうるのだろうか。
マスコミの影響力、もしかしたらその不勉強ぶり、障害を持つ人とそうでない人との共生の問題、ここにはまだまだ幾多の難関がありそうだ。
気分的には喉にとげを刺したままのすっきしない日々が続きそうである。

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2008年11月25日 (火)

教会バザー終わる

ようやく落ち着いてパソコンに向かうことが出来る。午後には歯科に行くのだが、心配した天気も雨ではなく、快晴の日になった。
教会のバザーが昨日無事終わったのだ。金曜日から毎日準備に追われたので疲労が溜まってパソコンに向かえなかったのである。
準備といっても私にできることは限られ、商品名とその値段を筆で表示するくらいのものである。それでも墨や筆、絵の具などを用意し、普段使っていない筆になれるために少しは練習をしたり、また周囲の進捗状況にあわせて作業をしなくてはならないから意外に時間をとったりする。
教会員も社会の趨勢にあわせて高齢化しているので会場造りも大変である。だが別の見方をすればそんな困難を乗り越えるためにはお互い協力をしなければならないからそこに新しい良いものが生まれると言える。
私の役は栃木県にある修道院で造っているガレットの販売だった。これをコーヒー販売のHNさんと協力してやった。ここ数年同じ役をしているがガレットに懐かしさを感じる人が少なくなってきたのか、販売の数は毎年落ちてきている。お客さんの来ない時間には普段あまり話をする機会もないHYさんと毎日の生活の様子などを紹介しあっていた。
HYさんは私より10歳以上も年上だろうが、毎日ご自分で料理を作って過ごしているという。奥さんを69歳で亡くしたことも昨日始めてうかがった。
雨が降り出した時に長男が迎えに来てくれたので片づけが終わらないうちに帰宅させてもらったのだが、収入はいかほどだったろう。
会員相互の理解が深まり、励ましあい、助け合いながら信仰生活をしていく基盤がバザーを通してできたらありがたいものだ。

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2008年11月20日 (木)

支えられているという体験

肝臓の定期検診でCT検査を受けた。検査のたびに思うのだが検査室がもう少し暖かにならないものだろうか。機械の保全のためにはしかたないのだそうだが患者にとっては辛いことだ。
 
いつもはズボンを少し下げるだけで検査を受けられたのだが、今朝は金属製の補そう具まで外して受けるように指示された。そのためにはズボンも脱がねばならない。自力では腰を浮かせられないので検査技師の男性の力を借りた。

検査が終わると今度は補そう具を付け、ズボンを上げ、着衣をズボンの中に収めねばならない。検査台に寝ている姿勢ではなかなかやりにくいことだ。
幸いなことに造影剤を入れるために部屋にいた看護師さんを含め3人の女性が皆さんでこれらの動作を手伝ってくれた。腰を浮かす段になると力をあわせて持上げてもくださった。皆さんにお任せしてやってもらったのだが、それは幸せな時であった。
 
幸せとは自分の力でなく他人によって支えられている体験を味わったことを意味する。自分を無にして、周囲のものに自分を預けて、周囲のものに支えられていることを体験を通して知ることだ。
昔ニューカウンセリングの実習で「天国への旅」を体験したことがあった。周囲の方々が床に寝ている私をゆっくりと天井へと持上げていく。大勢の手が私を、頭、肩、背中、腰、太もも、足先それぞれのところで支えながら、ある人の手は大きく、ある人の手は震えながら、またある人の手は力強く、私はそれを感じながら持上げていってくれる。私は何もしないで、安全に、信頼の中に身をあずけていた。
 
今朝ははからずもその思い出につながる体験をしたのだ。

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2008年11月18日 (火)

ホームページを更新

HP「こころの便り」を更新した。簡単にできると思って始めたのだが、途中からフォントが変わってしまい、その原因がわからずだいぶ時間をとってしまった。htmlで編集しているのでタグというものを使わねばならない。改行もすべてタグで指示する。
どうにも原因がわからずうまくいっているページのソースと今回のそれを全部印刷して比較したのだがそれでもダメだ。(≧m≦)
原因は</pre>タグの後に改行を入れなかったことだった。
なんとか解決してようやく昼飯をとったのが1時過ぎ。
でもパソコンがあることによって一日飽きずに過ごせることを思うと、時にはトラブルに遭うことも悪くないのかもしれない。ちなみに更新したアドレスは下記のとおり。
 http://homepage3.nifty.com/bridge2/kokoro.html

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2008年11月17日 (月)

忘れられたカメラ

机の上に大口径のレンズがキャップのないままになっていたのであわてて引き寄せたところだ。こんな大事なレンズをいつからここに置いたままにしていたのだろう。
そのレンズとはカールツワイス、プラナーf1.4、85ミリである。現在いくらするかわからないが15年ほど前でも7~8万円したような気がする。覗いて見ると深い緑と赤紫色をたたえたレンズはかびも生えていないようで一安心である。
このレンズを手にしてからは他のレンズへの信頼が崩れて、ガラス製ゆえにずっしりを重いにもかかわらず撮影会などには必ずこれを持っていったものだ。
期待通りの色合いを出してくれるのも魅力なのだが、それとともに背景のボケ味がなんともいいのがこのレンズである。
今、シャッターを切ろうとしたらカメラはまったく作動してくれない。ほったらかしにしたので電池が切れているのだろう。ディスタゴン25ミリ、プラナー50ミリ、ゾナー135ミリなどもあるのだから放っておくのは惜しいのだが今はカメラを手にする環境ではなくなってしまった。

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2008年11月15日 (土)

死を肯定できる恵み

先日いただいたOさんの手紙から私の中に確かなものが生まれつつある。Oさんが妻の死を否定的にとらえるだけでなく、死がよいメッセージを発していることを教えてくれたからである。
植村正久が娘の死を嘆き悲しみつつも天に娘が加えられたことに目をやったように、死んだ人がこの世でどんな存在であったかが人に希望の光りを指し示してくれるのだ。
イエスキリストが葬られたとき女たちは落胆し、墓に眠る体に香油を塗るべく出かけた。そのとき天使が「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」とおっしゃったと聖書は語る。イエスの死は人を留める悲しみの終局ではなく、復活という死に打ち克つ希望の始まりだったのだ。
奉仕の生活の後に天に帰った妻の死を悲しむだけでなくその生き様に生かされて前へ行こう。死を感謝のうちに肯定していこう。

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2008年11月14日 (金)

インフルエンザ予防接種

昨年のブログを見ると11月7日に接種を受けたとある。その日は妻に車イスを押してもらって周囲の景色を眺めながら医院までの道を歩んだのだった。
今日は一人、電動車椅子に乗って入り口にスリッパが乱雑の置かれていたらどうしようなどと心配をしながら出かけた。
幸い患者は皆履物を下駄箱に入れていて玄関はすっきりしていた。御飯を食べ、巡回してくる灯油販売のおじさんにタンク一杯(73ℓになった)に入れてもらってから、家を出たのだが、帰ってみるともうこの時間、11時半を過ぎてしまった。
家から車イスで10分ほどの距離にあるこの医院には風邪などの時掛かるだけなのだが、今年は一度も行かなかった。妻の病気に時間も心も遣いきった一年だったので、自らに病が襲うことも回避できたのだろう。
風邪で寝たら子どもたちに面倒をかける。元気に冬を過ごしたいものだ。

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2008年11月11日 (火)

相続預金などという厄介者

妻の残したものはどれも尊いものなのだが、中にはわずかばかりの預金という厄介者もある。妻は最後まで生きる意欲を持っていたし、子どもたちもそう願っていたので生前に預金の解約とか引き出しを済ませることはできなかった。それでも暗証番号くらいは聞いておけばよかったのだが、それもしなかったので亡くなってからはどうにも処置に困ったのだった。
仕方なし法律の定めるところ(?)により相続人の戸籍謄本、印鑑証明、その他いくつかの書類を長い時間かけてそろえ、ようやく昨日処理を終えた。
どうせ一度では片付かないものと腹を決めて出かけたのだったが意外に早く現金を手にすることができた。
いつものことだがバンクに行ったらどうやって車椅子を降ろしてもらうか気がかりだったのだが、幸いにも昨日は実家の姉が同道してくれてことなきを得た。
今日はまた歯科に行かねばならない。先ほど電話をしたら実姉が行ってくれるという。申し訳ないことだ。

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2008年11月 8日 (土)

目を上げて

妻の闘病記をまとめている。「こころの便り」にその一部を公開したが、ほぼ全部を書き終えた。A5版で70頁ほどになった。あまり公開する内容でもないので子どもたちに一部残しておけばいいと考えていた。
ところが今朝キリスト教番組「ハーベストタイム」を見て、もっと外向きに生きねばならないと反省させられ、書き終えた闘病記の後にもう一章付けることにした。ハーベストタイムで、順天堂大学の先生が「がん哲学外来」を病院に開設し、一人一人を大切にしたカウンセリングを行っていることを語っていたのである。
もう一つわたしの思いを変えたきっかけは、先日の日記で紹介したOさんが今日またお手紙をくださって、妻の亡くなったことを知らせる私の手紙(そこに私は「こころの便り」を同封したのだが)を悲しみだけを持って読んでくださったのではなく、希望、望み、未来のイメージと共に妻の最期を偲んでくださったことを書いているからである。
これからまとめる追加の一章には納骨式での説教や葬儀に参加くださった方々への感謝の手紙などを収め、死は神の国への門であることを証し、目を上げて生きる決意を感じ取れるものにしてみたい。それが私自身に今必要なメッセージなのだから。

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2008年11月 6日 (木)

妻はこんな人

かつて同じ公務員宿舎に住んでいたOさんから音楽会のチケットを送っていただいた。わたしと妻宛になっている手紙と共に。
手紙には近況が書かれ、娘さんのことにも触れられていた。妻の人柄を表すよい文章なのでここに紹介させていただく。
  
「Y子は千葉市で4歳と2歳の姉弟の子育てに明け暮れる毎日です。ときどき私もお手伝い行きますが、『お母さんはおばあちゃんが佐渡から駆けつけてくれるわけにはいかなかっただろうに、どうやってお兄ちゃんと私を育てたの・・・』と聞かれるたびに『Sさんが助けてくれたの。身近に心底から頼りにできる人がいて、私を支えてくれたんだよ。』と話すと『Sさんのような人がこのマンションにも住んでてくれれば・・・』と孫たちと接するたびに常盤台時代を懐かしく、そしてSさんご一家のあたたかさを思い出します」。
 
お返事に妻の召天のことを書いたのだが、Oさんには申し訳ないことだった。きっと戸惑われたに違いない。

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2008年11月 5日 (水)

障害を持つ者と車イスと自動車

今困っていることの一つは車イスを自力で車に積み込んだり降ろしたり出来ないことだ。昨日も歯科に行ったのだが藤岡市の姉に同行を願ってこれをしてもらった。いつまでも姉に頼っているわけにはいかないのでなんとか解決せねばならない。
解決策の一つは新車を購入することだ。トヨタ車のなかには運転席が電動で上下したり前後に移動して自分の力で車イスを助手席の後ろに納めやすいように設計されているものがある。ただわたしの力で可能かどうか、またもっと歳を重ねた場合も対応できるかどうかの疑問が残る。
ダイハツの車には運転席が車イスになって、そのまま昇降できるものもある。200万円と高額であるがこれだと将来筋力が弱っても使えるだろう。ただ今後いつまで車で外出できるか分からないときにこれだけの出費をする必要があるかどうか。
いっそう車は利用できる時だけに限り、車椅子の扱いに困る時は福祉タクシーを頼むことも考えてみるのもよいだろう。
これからの生活スタイルや体力、経済面をあれこれ考えるとなかなか結論が出ない。
今日はこれから警察に行って5月で期限切れになっている駐車禁止除外ステッカーの更新をせねばならない。お巡りさんに頼んで車椅子を上げ下げしてもらおう。

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2008年11月 3日 (月)

フランク永井さんが亡くなったよ

皆出かけてぼく一人。ヒカちゃんはサッカーの試合で新町の公園に7時前に出たし、ハルちゃんはテニスに行っちゃった。
今日は曇っていて寒い日だよ。キ障協のことが心配だからこの後S先生に機関紙の編集や会計人事がどうなったか手紙を書こうと思う。
君の亡くなったことを知らないでOさんが音楽会の切符を二枚送ってくれた。添えられた手紙にはおかあちゃんに助けられたから子育てが出来たということが書かれていたよ。君はこうして皆に手を差し伸べていたんだね。そのうちこの手紙をお許しを得て発表するからね。
今朝ベッドでテレビを見ていたらフランク永井が亡くなったことを流していたよ。自殺未遂をしてからはその後のことは報じられていなかったから、どうしているのかね、と2人で話題にしたことがあったね。ぼくは忘れん坊だけど君は古い歌をよく覚えていて、高い音域までけっこう上手く歌えたんだよね。フランク永井の歌は低音の魅力だったから僕も声が切れることはなかったけど。
こんな話題は若いものには通じないのでこんなところに書いちゃった。
じゃ、仕事にかかるからこの辺で。またね。note

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2008年11月 2日 (日)

永眠者記念礼拝

永眠者記念礼拝を捧げた。昨年とはまったく趣を異にした礼拝であった。
妻の姉がさいたま市から、兄が新宿から来て礼拝に参加してくれた。長男の家族も参加した。また、義姉も「洋服は黒を着るの?」などと戸惑いながら加わった。
普段は教会に出入りしない者が礼拝に加わり、特に今日は聖餐式もあったりしたので、わたしはどう安心して出席してもらうかに大いに気を遣った。
その反面、このようなときこそ礼拝に参加してもらうよい機会だという思いもあった。特に長男一家がいつの日か神に招かれて教会生活を送る日が来ることを願ったのである。
 
永眠者は天にある。しかしその神の座である天はこの世と隔絶したところではない。ヤコブが荒野で一夜を過ごした時天からきざはしが降りてきたことを説いて牧師はこれはイエスであると言った。イエスを信じ、受け入れるとき私たちは神と無関係でなくなる。
日常では私たちは足は地面を踏んでいても頭は雲を突き抜けて天上の空気を吸わねばならないとも聞いた。永眠者はその天にあって我らを見詰めている。
 
礼拝が終わり色とりどりの豊かな花が供えられた共同墓地で献花をして故人を偲んだ。妻の眠る象徴のその場で安心して祈りを捧げることが出来た。

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2008年11月 1日 (土)

ポストポリオ後遺症(PPS) 

妻の闘病の記録を書いている。草稿が出来たので、推敲の済んだところから発表していこうと思う。
2回目のまとめができた部分を下記にアップしてあるのでご覧いただきたい。
http://homepage3.nifty.com/bridge2/kokoro.html

妻がいなくなってお茶一杯を飲むにも体を動かさねばならなくなった。茶碗を持ってきて、ポットの下に急須を用意し、時によってはポットの中の水量を確認して、お湯を注ぐ。
この動作は杖を使っていては不可能である。お湯を注いだ茶碗を運ぶには車椅子に乗って膝の上にお盆を置いてやらねばならない。
一事が万事こんな具合だから妻がいるときと違って圧倒的に車イス生活が主流になった。必然的に足腰が弱る。これは止むを得ぬことだ。
隣町に体を鍛えるホームがあって、そこは介護保険が適応されるそうなので一度見学に行きたいと思っているのだが、わたしにとって筋力の強化が必要かどうかも問題である。
PPSと言って、ポリオ罹患者が高齢になると急に筋力が衰える現象があるのだが、これは今までがんばりすぎたことの結果でもあると言われている。
一人の生活を維持するには筋力が必要なのだが、その強化はまた筋力を弱めることにもつながりかねないのだ。
一日が終わるころには体がすっかり疲れる日々である。

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