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2008年10月26日 (日)

そこが空っぽになる

病が重くなって床から動けなくなった正岡子規のもとには多くの人たちが訪れた。子規を慰めるためであった。そこでは会席料理を楽しんだり、義太夫の会も開かれたそうだ(坪内稔典、「子規山脈」)。
ある日の集まりで子規を囲んでいた人の一人が帰ろうとしたら、子規は泣き出して「もう少し居ておくれよ。お前が帰るとそこが空っぽになるじゃないか」と言ったという。
動けないものにはこの気持ちはよくわかる。やってくる人たちに支えられて交わりが生じ、喜びも生まれるのだ。一人ずつ欠けていくのはなんともやるせない。
  
近く教会のバザーが行われる。この機会にクローゼットに吊るしたままになっている妻の衣類を整理することにした。外出には決って着ていくものもあればあまり手を通したこともないものもある。
若い者に頼んでバザーに出せそうなものを袋詰めにして、車に積んでもらった。
夕べベッドに入る前、ふとクローゼットを開けると、見事に片付けられていて、そこは大きな空間になっていた。
私にはもう不要なものには違いないのだが空間が広がっているクローゼットを見ると、ああ、妻がまた姿を消していくと一瞬孤独感に襲われた。
「そこが空っぽになる」と言ったという子規の心を思い出していた。

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