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2008年10月

2008年10月30日 (木)

死は平和の永遠の国への門

 教会の老いた友が1933年にどなたかが行った「死者追悼主日説教」を送ってくださった。

 ここで説教者はまず、神は極めて明確に、死者はわたしのところにいる、彼らは平和の中にあり、とご自身の教会に約束したもう、と語る。「されど、彼らは平和の中にあり」と、神は言い給う、と語るのだ。
 さらに「神の『されど』は、われわれの思考と熱望に対立する。神の『されど』は、死者を死に失せさせず、死から呼びさまして、ご自身のみもとに至らせる。神の『されど』は、死を眠りとし、われわれを新たな世界に呼びきます〔ヨハネ11-14他参照〕。神の「されど」は、死者をパラダイスに連れてゆく」と宣言している。

 では死はなんであるか。

 「もしわれわれの信仰が死をほかのものに変えなければ、死は黄泉であり、夜であり、冷酷である。

 しかし、驚くべくも、われわれは死を変えうる。われわれの神への信仰がそれに触れる時、その時に、不安を作り出す狂暴な骸骨は、神の友となり、その使いとなる。その時に、死からキリストご自身が現われ給う。そうだ、それはまことに隠された事柄である。しかし、われわれはそれを知ることが許されている。われわれの生はそのことにかかっている。信じる者は平安を持つであろう。そして、死は信じる者を恐れさせはしないであろう。死は信じる者らをもはや掴むことはできない。彼らは神のみ手の中にあり、いかなる苦悩も彼らを掴むことはないからである」。

 そして説教の最後。

「今しわれ この世をぞ 生きゆかん、
さはあれど、この暗き幕屋には留まらじ。
旅しゆく わがこの道は 故郷へ
そこにて 父 われをこよなく 慰め給うらん」

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2008年10月29日 (水)

孫の俳句

息子からメールが届いた。開けてみるとこう書いてあった。
 
こんばんは。
元気にしてますか?
こちらは風邪をひいてなかなか治らずまいってます。
H・Rが書いた俳句が、学校のプリントに載ってました。
 
 墓参り 祖母がほほえみ 「良く来たね」
 
なかなかいいなと思ったのでメールしました。
では、またね。
 
温かさが伝わるいい俳句だ。妻が可愛がった子がもう中学を終わる歳を迎えている。

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2008年10月28日 (火)

山口薫展

08102811img_082508102812img_0827秋の空気の中に赤城山や榛名山がくっきりと姿を見せる今日、群馬県立近代美術館に山口薫展を見に行った。昨年秋に山梨県立美術館に行ったとき以来の美術鑑賞である。
群馬県民の日とあって紅葉のきれいな群馬の森は大勢の人が訪れていた。美術館は空いていると思ったのだがここもかなりの人であった。
山口薫の絵画は最後まで具象を根底において描かれていたので親しみやすく好感の持てるものだった。群馬の自然や人を愛し、そこから与えられる力を基に製作されたものに違いない。
従兄弟のHちゃんの助けを借りて、鑑賞を終え、付随するレストランで昼食をいただいた。外の広場ではめいめいに日向で遊ぶ人たちがのんびりと時を過ごしていたが、私たちはほんのり甘いコーヒーを最後に味わって帰途に着いた。
よい秋の日であった。 

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2008年10月26日 (日)

そこが空っぽになる

病が重くなって床から動けなくなった正岡子規のもとには多くの人たちが訪れた。子規を慰めるためであった。そこでは会席料理を楽しんだり、義太夫の会も開かれたそうだ(坪内稔典、「子規山脈」)。
ある日の集まりで子規を囲んでいた人の一人が帰ろうとしたら、子規は泣き出して「もう少し居ておくれよ。お前が帰るとそこが空っぽになるじゃないか」と言ったという。
動けないものにはこの気持ちはよくわかる。やってくる人たちに支えられて交わりが生じ、喜びも生まれるのだ。一人ずつ欠けていくのはなんともやるせない。
  
近く教会のバザーが行われる。この機会にクローゼットに吊るしたままになっている妻の衣類を整理することにした。外出には決って着ていくものもあればあまり手を通したこともないものもある。
若い者に頼んでバザーに出せそうなものを袋詰めにして、車に積んでもらった。
夕べベッドに入る前、ふとクローゼットを開けると、見事に片付けられていて、そこは大きな空間になっていた。
私にはもう不要なものには違いないのだが空間が広がっているクローゼットを見ると、ああ、妻がまた姿を消していくと一瞬孤独感に襲われた。
「そこが空っぽになる」と言ったという子規の心を思い出していた。

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2008年10月22日 (水)

ぶたまん

祈りの会に参加した。家の駐車場まで車イスで行き、そこに車イスを置いたままで教会に向かった。教会には別の車イスが置いてある。
教会 に着いて先生に電話しようかと思っていると先に先生が車イスを持って迎えに来てくださった。ガラテヤの信徒への手紙を学び、共に祈りを捧げて帰った。
  
家に来ると宅配業者の不在通知が入っていた。早速電話するとしばらくして冷凍の荷物が届いた。かなり前に教育実習生として私の学校に見えた方からのものだった。今は福岡市で教師をしている。数年前に福岡の近くで全国キリスト教障害者団体協議会の総会があって妻と一緒に行った時学校を休んで市内を案内したり豆腐料理を供してくださったりもした女性である。
冷凍庫に入れるために封を切ると肉まんがいっぱい出てきた。まん丸と太った、ちょうど子豚を連想させる肉まんである。妻の病気と召天後の私の生活を気遣って送ってくださったものだろう。
いつもはメールでやり取りするのだが今日はこんな葉書(結婚直後の写真と昨年の写真が並んでいる)を書いてお礼を返した。
 
28ANさん、いつもお心にかけてくださってありがとうございます。今日はたくさんの「ぶたまん」をいただきました。丸い豊かな一個一個を見て、とてもユーモラスでいいなーと思わず笑ってしまった次第です。
そろそろ涙を拭いて歩き出さねばと考えているのですが・・・・。二枚の写真の間には40余年の生活があります。よく生きてくれたと感謝しています。
どうぞお元気でお過ごしください。

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2008年10月20日 (月)

死者を覚える

キリスト教徒でない人はキリストを信じて亡くなり、教会墓地などに葬られている人の追悼について数々の疑問を抱いている。
お彼岸にお墓参りをするわけでもなく、四十九日があるわけでもない。また、その家を訪問しても線香を手向けることができないからどうやって亡き人を拝むか分からないと言う。
妻の場合も親戚の人が皆戸惑い、一抹の寂しさを感じているようだ。

ところが日本キリスト教団に属している教会の多くは秋に「永眠者記念礼拝」を捧げる。私の教会では11月2日がその日である。
昨日教会に行くとその案内の印刷物があった。そこで私はその印刷物に添えて下記の手紙を妻の実家と姉の下へ送ることとした。

秋がだいぶ深まってきました。

その後いかがお過ごしですか。

小生はお陰で元気に毎日を送っています。一人になってみて、和子がどんなに多くのことを日常生活の中でしていたかを改めて思い知らされています。

さて、今日は「永眠者記念礼拝のご案内」をお送りします。

永眠者とは亡くなった人のことです。教会ではやがて神の国がこの地上に実現する時亡くなった人も生きている人も皆神様の祝福に与ると考え、亡くなった人はそれまで眠っているに過ぎないととらえているのです。

十一月二日に永眠者を偲んで礼拝をし、その後墓に献花をします。また十月二十六日には墓地の清掃もします。

案内をお送りするのはおいで下さいという趣旨ではありません。こんな風にして和子も皆に覚えられ、大事にされているんですということをお知らせしたいからです。

来週あたりから寒い風が吹き始めるとのこと、どうぞお体を大事にお過ごしくださいますように。

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2008年10月19日 (日)

気持ちよい礼拝

礼拝で居眠りをする。あまり褒められたものではないだろう。
昔東京の教会に属していた時、牧師の妹さんのKさんが毎礼拝でねていたことを思い出す。聾学校にお勤めの控えめな女性だった。甥御さんが2人とも聴覚障害を持っていて、元気に家の中を駆け回っていたが、東大の教授で牧師でもあるお兄さんとその奥さんを助けて一緒に住んで二人の養育にかかわっていたのだった。
礼拝で居眠りをする姿を見て、非難する気持ちはなかったが面白い人だなと横目で眺めていたものである。
ところが今私がその姿を呈することとなってしまった。考えてみるに説教を聞くときは全くの受け身で、安心していられることが原因の一つにある気がする。家にいるときは自分からエネルギーを発し、周囲に警戒のビームを出し続けねばならない。いや、周囲と言うのは適切ではない。自己に対しても目覚めていなければならないのだ。ぼんやりしている自分に鞭打って「何かせよ」と別の自分が命じる。仕方なし本をめくったりする。
これに対して、礼拝の時間は与えられるメッセージをただ聞くだけで時を過ごせる。緊張から解かれて安心の時を持てるのだ。
ながながと言い訳を書いた。一人の生活にもう少し慣れないうちにはまだ居眠り礼拝が続くことだろう。

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2008年10月16日 (木)

地区集会 一人を減じたり

教会の地区集会がしばらくぶりで我家で行われた。妻が入院してからはわたしも多忙であったので他の姉妹の家で開かれていたのだ。
集ったのは牧師と一人の姉妹だけだったが聖書に親しく接しよい会となった。
会が始まるといつも聖書の輪読がある。一人一節を順番に読むのだ。今は民数記をテキストに学んでいるのだが、私が欠席している間になんと10章となっていた。
輪読の順は牧師、私と進み、以前は妻の番だった。妻は目が不自由だから倍率の大きい拡大鏡を使って読んだ。だが、それでも行を飛ばしたりルビを間違って読んだものだ。
今朝はその妻がいない。私の次はK姉へと移った。
一人を減じたり、の思いを新たにさせられたときであった。さはれ、天に一人を増しぬ、と植村正久が訳した詩の一節を思い出し、慰めを乞おう。
  
なお、先日妻のガンとの闘いの記録をホームページ「こころの便り」(http://homepage3.nifty.com/bridge2/kokoro.html)に掲載したのでごらんいただけたら幸いである。

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2008年10月15日 (水)

散歩

朝寝坊をした。昨日疲れたからだろう。
一人で御飯を食べ、片づけをするともう9時。祈りの会がある日なので、天気もいいし行かねば、と迷ったが疲れているときは無理をしてまで行くという義務的な会ではないと思って欠席を決めた。
10時過ぎ、電動車椅子に乗って近くのカインズホームに行った。郵貯銀行でまず引き出しをする。若いおまわりさんが立っていた。振り込め詐欺対策の1つだろう。「ごくろさん」と言うと、「振込みですか」と問う。「いいえ」と答えて用事を済ます。
店内で昼食用にお寿司と蕎麦がセットになったパックを買う。会計を済ませて薬局で湿布薬も買った。
外に出ると先ほどのおまわりさんが「気をつけてお帰りください」と会釈した。
天気がいいので裏手に回ってみた。田舎なのでそこには収穫の終わった田が広がっていた。そして道沿いに桜の木が数本あった。春になったらきっと美しい景色を作るだろう。ホームの周りを一周して国道に出て、家に向かったのだが狭い舗道なのでコスモスの花が車イスに触れてサラサラと音を立てた。

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2008年10月14日 (火)

俳句メモ

携帯電話に思いついた俳句を入れておくのだがメモ欄に余裕がなくなってしまった。ここに移してメモ機能を働くようにしておきたい。
病室の妻や木の実で遊びけり
椅子倒れボールも残る秋の庭
もぐり込む孫の温さや冬の床
新米のおにぎり持て来る句会かな
秋晴れや逆光の屋根黒々と
秋晴れや一人部屋に残りをリ

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疲れたなぁ

疲れたなぁ。
股関節はもともと亜脱臼があるのだがこのところ立ち上がるとどこかヘンなところに大腿部の骨頭がはまっているようでうまく力が入らない。それだから立ち上がるとき上肢を無理に使うのでこんどは腕が痛む。
一昨日の夕方から新たに右わき腹も妙に痛い。こんなところにも無駄な力が加わっているのだろうか。それとも内臓の不具合か。静かにしていればなんということもないのだから多分筋肉痛だろう。昨夜風呂に入ってよく揉んで、湿布を貼って寝たら今朝は少しよいようだ。
朝方用意された簡単な食べ物を口に入れ、昼はレンジを使っての冷凍食品の食事。夜も時間をかけない簡単料理。どれも形式的に食べているだけ。これでは心も硬直してしまう。
妻がいなくなってから懸命に生活してきたが、そろそろその疲れが出てきたのだろう。これからが新しい生活をどう切り開くかの正念場かもしれないな。疲れたなぁ、をしばらくいいつつ生きるとしよう。

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2008年10月13日 (月)

自己を誇る危険

教会設立120周年礼拝が祝福のうちに守られ、午後の感謝の集いもよい会になった。
礼拝説教の題は「弱さは強さ」。パウロが己に与えられた棘を三度主に取り除いてくださいと祈ったのに対して、主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われたというコリントの信徒への手紙Ⅱ12章7節から10節の箇所を用いてメッセージが語られた。入牧師は易しい事例を用いて弱さが人の心を開き、人と人を結ぶことを説き、教会は強さを求めず、弱さを受け入れて主に従おうと語った。
今回は島村教会が私たちの教会に合同する形で礼拝が行われ会堂はいっぱいになった。
午後の会では両教会の会員の交流が豊かに行われ、また本庄教会の方々も簡単ではあったがご自分を表面に出して120年の主の守りに喜びを表していた。
来賓の方がおっしゃったように教会は存続すだけで意味があることを実感させられた一日であった。
お招きした牧師は私の高校の後輩に当たる。また説教の中で挙げられた牧師の名や話題も私には馴染みのあるものだった。だから親しく話すことができたのだが、別れ際に入牧師は私の開会祈祷に対して「信徒の方があれだけ整った祈りをされることに驚きました。よいお祈りに力づけられ語ることができました」と感想を言われた。
この言葉がなければ私は昨日集った多くの人の1人として帰宅するところだった。だが、この言葉は私をしてある強さを意識させるように作用した。自己を誇る誘惑を感じるものだったのである。その意味ではこの言葉は与えられないほうがよかったと言える。

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2008年10月12日 (日)

創立記念日礼拝 司会者の祈り 

 天におられる私たちの父なる神様、あなたは私たちを一週間無事に守り、こうして今朝も教会に呼び出してくださいました。毎日自分の生活のことだけを考え、その中に埋もれていた私たちでしたが、あなたは大きな愛を持って呼び出してくださり本当にありがとうございます。

 特に今朝は皆で礼拝を守る日として礼拝を捧げます。あなたの御声が子供にも、病める人にも、年老いた人にも、また、近隣の教会にも届き、天にある者、地にある者、皆であなたを賛美できるようあなたの導きをお願いいたします。

 神様、今日は私たちが集う本庄教会があなたによってこの地に誕生させられ一二〇年の記念の日です。その歴史の中には数々の罪を犯してきたことですが、しかしあなたはこの群を必要とされ、大きな愛を持って罪を許し、歴史を導いてくださいました。どうぞこれからの本庄教会があなたの働き手としてあなたの御心に従って歩むことが出来ますようにお願いいたします。イエスが御自ら苦しむ人、弱っている人のところに近づき、励まし、癒しをなされたように教会がこの地でよい働きを為すことが出来ますように聖霊を下し、私たちを導いてください。

 神様、この良き記念の礼拝にあなたは遠方から入治彦牧師を御遣わしくださり、御言葉を取り次ぐ恵みをお与えくださいました。どうぞ私たちが心を空しくして、両手を広げてあなたのメッセージを受け入れることが出来ますように。

 また、時を同じくして礼拝を守る京都教会の上に私たちと同じように祝福をお与えください。

 礼拝後に予定されている感謝の集いがあなたに喜ばれるものとなりますように祈ります。

 神様、今朝も礼拝に出席できない多くの兄弟姉妹のことを思います。病の人には慰めを、働く人には力を、教会を遠ざかっている人には信仰をあなたがお与えください。

 これらの感謝、願いを復活の主イエス・キリストのお名前によって御前にお捧げいたします。 アーメン

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2008年10月 9日 (木)

結婚記念日

42回目の結婚記念日。今年は天と地にそれぞれの体は分かれての記念日になってしまったが大事な日であることに変りはない。共に42年過ごせたことに大きな喜びを感じている。これからも2人のいる場所がどこであろうともこの日を記念して共に喜ぼう。
 
午前中は定例の句会だった。新潟県産の新米で握ったおにぎり、ゆで卵、きゅうりの漬物、ハム。集った婦人方はこんなに贅沢なものを持ち寄ってくださった。どれも味にこだわって美味しく仕上げている。
 新米のおにぎり持て来る句会かな
 
尾花ゆる女ごころを解く旅路    ひさい
蒼天や一途に生きて秋の蝶     いく
山のもの野のもの供え月見かな  洋子
秋の陽や妻の通いしポストあり   悠歩

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2008年10月 8日 (水)

小さな段差

買い物に行った帰り、実家に回ってみた。独りになってから盆にもおじゃましていないから寄ってみたくなったのだ。
実家には沢山の植木があってそこでモデル撮影会でもしたら面白いだろうと思わせる豊かさがある。
電動車椅子で国道から子供の時代には畑中の道だったところを通り、表札だけは昔のままだが大きく変わった家並みを見ながら実家の入口にたどり着いた。
ふと見ると道路から庭に入る門扉の前になんと5cmほどの段差があるではないか。車でおじゃましている時はまったく気づかなかったものだ。心配だったがアタックしてみた。だめだ、車イスが上がらない。ではバックで進んだらどうだろう。後輪のほうが大きいから上がるかも知れない。・・・・だめだった。
普段は気づかないところに段差があるものだ。
実は何日か前のこのブログに俳句仲間の家に寄ることを書いたが、そのお宅も行ってみると実家と同じ位の段差があって寄れなかったのだった。
今度の場合は持っていた携帯から電話をして板切れを持ってきてもらいミニスロープを作って無事解決したのであった。
庭には葵の花が咲き、葡萄に袋掛けがしてあった。

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2008年10月 6日 (月)

3ヵ月経ったね

昨日は君が天に行って三か月目の記念日だった。教会に行って君が眠っているお墓を見ると花はなく、白い壷が空のままだったよ。子どもたちに頼んでお母ちゃんの墓に花を供えて来て、と言おうともしたんだけど、まあいいや、君は天にあって平安のうちに神様と一緒であることには変わりないんだから、と思ってそのままにした。
3ヵ月は長いね。何もしていないようで精神的にはけっこう忙しかった。君を送る行事は全て済んだんだけど、むしろ毎日の生活を送ることに疲れたのかもしれないよ。衣類の心配や食事のこと、子供たちとの生活の時間合わせ、外出時の準備、これらはみな君がやってくれていたことだからいざ自分でやるとなると大変だった。
夜になると話し相手もいないから寝室に行って横になるんだけど、風呂に入って下着や明日着るものを出したりするとちょうど寝るのに適当な時間になるさ。ベッドに入る前、壁に貼ってあるエリちゃんの結婚式の時君と撮った着物姿の君の体を撫でて、お休みと言うんだ。
昼間の生活で疲れるらしく寝つきはいいから心配はいらないよ。でもトイレで起きたりすると寝られなくなることがよくあるけどね。
これからどんな生活が続くのかよくわからないけど、神様がもういいよ、奥さんのいる天においでと言うまで自分なりによい日々を送るからね。じっと見守っていてね。
最近は涙を流さなくなったのにこんなことを書いていたら涙で文字が見えなくなってきた。もうやめるね。
またね。See you again.

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2008年10月 4日 (土)

介護保険

介護保険の見直しの時期だという。6か月で更新とはなんと短期間だろう。
昨日、ケアマネさんがおいでになって生活ぶりを聞かれた。電動車椅子がないと不便ですよね、と言うから、なくなったら本当に困ります、と声を大にして答えておいた。
  
車イスをレンタルしている業者も時々来る。そして入念に点検していく。粗雑な使い方をしていないかどうかチェックしているようであまり気持ちのよいものではない。
 
介護保険は利用者が中心にいるというより役所の金で世話をしていただいているという気持ちさえ抱きかねない制度である。
 
ケアマネさんに体重はいくらですか、と聞かれたのでしばらくぶりで秤に乗った。60キロだった。妻が病気になる前は66キロあったのにだいぶ落ちたものだ。ウエストも8cm減っている。これで健康が保たれるのなら結構なことである。

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2008年10月 2日 (木)

自分がいることへの気づき

妻のガン闘病記がほぼ下書きを終えた。この正月痛みを抱えながらお勝手をしていた時のことから始めて、7月、天に召されるまでの苦闘の日々を追った記録である。原稿用紙にして100枚にはなるだろう。これから医師にもらった病状説明の文書や手帳にメモした内容とつき合わせて完成させようと思う。
この作業をここまでやってきてふと今日気づいたことがある。自分の存在が浮き上がってきたのだ。妻と別個の私という者がここにいる、そんな意識が形作られてきた気がするのである。
妻の長い苦しみの跡を追って、ようやくそれを終えようとしている。妻の苦しみの全体像を把握できそうな時、相手が見えてくると自分も見えてくるということなのかもしれない。
この感覚が本物なら新しい生き方を始められよう。

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2008年10月 1日 (水)

雨が降って外に出られない

祈りの会に行けない
 
サラサラと雨が落ちている
 
薬局に薬をもらいに行きたかった
 
午後には行けるだろうか
 
その帰り、俳句仲間の家に寄ってみようと思っていた
 
83歳の夫と住まうガンを患った女性
 
今度来る時はおにぎりを持ってくるという
 
今日もガン闘病記を綴ろう
 
天上の妻を偲びながら
 
足元がストーブの風に温かい

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