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2008年9月18日 (木)

妻の宝物

妻の納骨式においでくださった中学時代の友達からハガキをいただいた。そこにはこう記されていた。
「朝晩秋の気配が感じられる頃になりました。先日は写真をお送りくださいましてありがとうございました。和子さんの愛唱歌『キリストには代えられません』がいつも心に響いています。ご自分のことよりも友達のため、愛する家族のため、いやそれにもましてすべては神のために捧げたご生涯だったのですね。
20数年前大宮から北区赤羽に越して来るまで子育てや生活に追われてお会いする機会もありませんでしたが、こちらに来てから一度常盤台のお宅に伺ったのが最後になってしまいました。信仰についてもっとお話できればよかったのにとしみじみ思うこの頃です。
どうぞお疲れが癒されますように。季節の変わり目ご自愛ください。」

この手紙だけでなく妻の死を惜しむ便りは必ず妻が他人のために尽くしてきた様子に触れている。
去年の暮れあたりから足や腰に痛みを感じつつも妻は我が家に届けられる生活協同組合の品物を個人別に分類し、近くの家にはそれを届けに行っていた。そんな時私は「わざわざ持って行かなくてもいいじゃないか。」とよく言ったものだが妻はそれには耳を貸さずにせっせと戸口まで運んだ。
多くの人の手紙に接するたびに妻のこの行為は妻の宝物であったという思いがしてならない。

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