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2008年8月 1日 (金)

神の前での要介護度

介護保険を申請すると申請者の体の状態を調べるために役所から担当者が訪ねてくる。複数の方が来て、申請者の生い立ちから病歴、現在の生活状況、その困難度などを詳細に聞き出すのだ。私の場合は2時間ほどかかった。
この結果とかかりつけの医師の意見書を合わせて、データをコンピューターに入力してどの程度の援助が必要か、すなわち要介護度が決るのだそうだ。
コンピューターに入力することとか医師の意見書についてはその意味について疑問もあるがそれは別にして判定の客観性を保とうとする姿勢がおもしろい。
私は要介護に当たらず、要支援と判定された結果、電動車イスを利用できないことになる怖れが出てきたのだが、なんとかお願いして願いが実現したのだった。
  
妻は入院中にこの判定を受けた。まだ家に戻ってこられるかもしれないという一抹の希望があったから病院で全介助の状態で判定を受けたのだ。
その結果要介護度5ということになった。最も重い判定結果だった。自分では自分の生活を成り立たせられない状態、周囲のものに全面依存して生きる、こう言ったら正確さを欠くであろうか。
役場から介護認定の結果をいただいたまま具体的な援助についてケアマネさんと打ち合わせをする間もなく妻は天に召されてしまった。
全てを神様に任せて今は毎日、毎時襲ってきた痛みからも解放されて、神様の前で温かな介護を、それも介護度5の介護を受けながら平和に過ごしていることだろう。
いや、人間誰しもこの世に生きるときから神様の前では要介護度5であるのにそれに気づかず、感謝もしないで生きているのかもしれない。

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