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2008年8月10日 (日)

主よ、何故ですか

2 主よ、今朝は礼拝の司会をしました。いつもならば教会に着くと私は祈りの場所へ、妻は椅子を拡げて、司会の席への道を作り、私の聖書を開き、週報を机の上に載せてくれて準備を整えてくれるのでした。
あなたはその助け手の妻を天に召してしまわれました。ですから私のやるべきことは多くなり、準備から始めなくてはなりませんでした。
神様、私はそのために多くの緊張を背負いました。なぜ、助け手の妻を天に召されたのですか。必要な人を何故に引き上げられたのですか。
でも今日の牧師の御言葉から私たちは土の器ですがその中に神様からの宝、信仰を与えられていることを知らされました。土の器は壊れますが信仰は永遠でいつまでも続くことも知りました。
妻は、そして私たちはやがて壊れ、地上からは消え去るものですが、あなたは永遠のものをその中にくださっているのです。
毎日が悲しゅうございます。早く今日の説教が喜びの響きに変わりますように御手をください。
  
今日、私はあなたにこう祈りました。
 「天にあっていつも私たちを守り、導いてくださっている父なる神様。
 暑い夏の朝ですが私たちをこうして恵みのうちに教会に集わせくださってありがとうございます。
 あなたは兄弟姉妹にその人が必要とするものを与えてくださっていますが、私たちにはこうして共に集うことを許してくださいました。
 どうぞこれからのしばらくの時、私たちが心をあなたへ集中し、あなたの御言葉を生きる糧として受け入れ、あなたの愛をもう一度確認できるようあなたとの聖なる交わりをお与えください。
 神様、あなたの御心は私たちの計りしれないほど大きく、強く、深いものであることを私たちは理解しているつもりでおります。そして、艱難も、試練も、苦しみも、痛みもみなあなたが覚えておられると知っています。
 しかし神様。私たちはそのような環境におかれると、苦しみ、悩みの大きさゆえ、痛みの強さゆえにあなたが私たちを愛し、支え、あなたの腕に抱いていてくださることを忘れ、それを否定し、一人孤独になり、悲しみに陥り、絶望の淵をさ迷い歩きます。
 どうぞ神様、いかなるところに置かれようとも、あなたへの祈りを忘れず、あなたのいらっしゃることを常に覚え、あなたにすがって歩む私たちでいることができますように助け、導いてください。
 また友が痛み、苦しみに合っているときには、どうぞ共に悲しみ、悩み、あなたを一緒に仰ぎ見る信仰をお与えください。
 どうぞ私たちが集うこの教会をあなたの御心の生きて働くところとしてください。
 神様、礼拝に出席できない多くの兄弟姉妹、その一人、一人に祈りを復活させ、あなたとの交わりにお導きください。
 最後にあなたの御心を取り次ぐ飯野牧師のために祈ります。どうぞ聖霊をお与えください。
 これらの感謝、願いを復活の主イエス・キリストのお名前によって御前にお捧げいたします。アーメン

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