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2008年6月17日 (火)

妻にとってのQOLとは

妻が変っていく。以前の人ではなくなっていく。
病衣を脱ごうとしたり、両手を頭の上に上げて組んだり、「何とかして」と求めたり、いらだちを見せる。
足がしびれるというので実姉と二人で片足ずつを揉んであげても、もんでないと言う。足に触れられていることが分からないのかもしれない。指を動かしてごらんと指示しても動かないと言う。脊椎損傷が起こっているのか、医師に確認しなければならない。
看護師が名前を確認したり、痛さを訊ねたりすることには答えられるのだが、私の問いには確かな返事はできなくなっている。
病室の天井と壁を見詰めての毎日。痛みと闘う日々。点滴にのみ栄養を依存する生活。
いったい妻にとってQOL(生活の質)とは何を意味する言葉だろう。
昨日も牧師が来られ、祈りを捧げてくださった。主イエスの恵みによって永遠の命に与っていることを感謝し、今の痛みをやわらげてくださいと祈った。妻もアーメンを唱えた。
限られた命を自覚し、信仰をいただいた感謝を唱えて生きる、こうした境地に立てれば生活の質も豊かになるかもしれないが、彼女は命の終わりを自覚していない。リハビリを望んでいるくらいだから、この世でまだ生きることを望んでいるのだ。
もういい、私は一方でそう思いつつ、一日でも多く私達のところにいて欲しいとも願っている。

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