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2008年6月18日 (水)

今日の病室

今日の病室は恵みに満ちていた。
その1つだけ今夜は記してもう1つは明日にしよう。
東京の教会で共に信仰生活を送ったT・Sさんが練馬から来てくださったのだ。J駅で彼女を車に乗せ病院へと向かった。
病室に着くとT・Sさんは妻の顔にご自分の顔をつけるようにして挨拶された。妻は今日は何も声を発しなかったがその目で訪問客を迎えた。「ああ、わかっているね。いい目をしているものね。」こう言って「今日はね、神様のところに行っても何も心配ないけれど、K子さん、あなたをもう少しご主人のところにおいてくださいとお祈りするために来たの」と続けた。
T・Sさんは4年前にご主人を神様のところに送っている。会社員だったご主人は定年を境に献身し、自らの家を伝道所にして神様に仕えたのだった。だがその志の半ばで主に迎えられた。T・Sさんはその悲しみを体験しているだけに私の心をよく理解され、今日は来てくださったのである。
私なら涙で言えないことをゆっくりした口調で神様に全てお任せすればいいのよ、でももう少し主人といさせてくださいと祈ろうね、とやさしく、やさしく話しかけていた。
教会の青年会のころの思い出や、妻が教会でどんな働きをしていたかも懐かしく思い出してくださった。「その目は大丈夫よ」と言いながら慰めの言葉も妻に与えていた。
主にあって悲しみを乗り越えた人のやさしさと強さが彼女を包んでいた。

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