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2008年5月23日 (金)

また明日ね

「また明日ね」と言って妻と別れてきた。つらい別れのときである。
20日の危険な時を脱して今は安定の時にある。20日の朝は口径の食物、薬は以後やめることにしますと説明を受け、延命措置はしないことを医師と文書で約束した。
意識障害や、傾眠傾向は痛み止めの薬によるのではなく命がその方向に向かっているとの説明を受け、命の灯は今日か明日、明後日に消えるかもしれないと言われたのだ。
子供たちに急いで知らせ、近い肉親にも電話を急いだ。後になって妻に「あまり皆が集まってきたのでわたしはおしまいかと思った」と言われる始末だった。
その朝私はまだ意識がハッキリしない妻の枕元で、いい家庭を、子どもたちを与えてくれてありがとう、一緒に生きられて嬉しかったよ、と声にならない声で話しかけた。長男もそばで聞きながら涙を流した。
しかし、主に助けられて、その日の午後あたりから眠りにおちることもすくなくなり、掛け声にうなづくことが起こってきた。
翌日などは顔色もよく、会話もできるまでになった。ステロイド剤を用いた効果かもしれないと医師は言う。わたしは子どもと相談して、粘り気をつけたお茶が飲めるのなら最期の試みとしてイレッサを使って欲しいと申し出た。今日で三日間これを服用している。
医師は終末期を脱したわけではなく,お家の人と話などができる日ができてよかったですね、と言うに留めた。
イレッサを用いた気持ちの裏には奇跡が起きて妻が家庭で一緒に過ごせることを期待したのだがそれはなかなか無理のようだ。
だから、妻と別れてくるのはつらい。また、明日ね、と言うことが今後何回できるだろうと思うと、胸がつぶれ、涙がこみ上げる。
妻は目薬を毎日自分から言い出して冷蔵庫から取り出してもらいつけている。目を今後の生活のために守らなければならないとの気持ちからである。これからも家庭で役割を担って生きる意欲を持っているのだ。
その妻に全てを話すわけにはいかない。今までの幸せな日々を感謝して振り返るわけにもいかない。
また明日来るね、というのが精一杯である。つらい、本当につらい。

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