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2008年4月29日 (火)

庭がきれいになった

従兄弟に当たるKさんが一日がかりであかめ樫の垣根を整えてくださり庭がすっかりきれいになった。切る傍らで義姉が葉を片付けてくれたので6時間で終わってよかった。
三男が駆けつけてくれてお昼やお茶の接待もしてくれたし、妻の世話もした。間にはいつも病院に付き添ってくれた姉がやってきて妻の機嫌を伺ってもくれた。
いつも居る長男夫婦が昨日だけは休めないのでこんな形で一日が支えられたのだ。
  
北上市在住のOさんが私のブログの記事を日曜礼拝の奨励に用いてもいいですかと問い合わせてきたのでご自由にどうぞと答えたのだったが、Oさんは早速先日の礼拝でとてもよい奨励をされた。そしてごていねいに奨励の原稿を送ってくださった。
思いのほか多くの記事を引用しておられたが、私はそれによって妻の闘病に対する私の態度をOさんの目を通して対象化することができた。
しかしそれにもまして励まされたのはOさんのお母さんとの関係だった。リュウマチのためにまったく体の自由をなくしているOさんが年老いたお母さんと二人で暮らしているとき彼を支えた信仰をこう語っているのだ。

「母が苦しんでいるときは、司式者に読んでいただいた、
詩篇 23:4  死の陰の谷を行くときも/わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖/それがわたしを力づける。
を声に出して、一人祈った。聖書にはどの箇所にも感動するのだが、母が苦しんでいるときは、いつもこの箇所だった。『あなたがわたしと共にいてくださる。それがわたしを力づける。』」

昨日は大勢の人が我家には来てくれたし、夜も必ず誰かは居る。その上神様に守られているのにどうして不安になるのか。Oさんの体験に思いを馳せ、信仰を見習わねばならない。

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コメント

その奨励でお母さんの息子に対する無償の愛を学び、このブログでは太い絆で結ばれた夫婦愛を学んでいます。おふたりの生き方と信仰を目標に私もしっかりと生きていきたいと思います。どうか、神さま、おふたりのうえに豊かな祝福と慰めと励ましがありますように。ご健康がまもられますようにお祈りします。

投稿: midori | 2008年5月 3日 (土) 22時52分

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